2018年 10月 21日

社会通念においては

善しとされることでも、

魂のレベルにあっては赦されないことがある。

逆に、社会通念上はペナルティでも

魂のレベルではあっぱれなこともある。

なんの話かと言うと、

沢田研二さんのことです。

今回の騒動で相当にバッシングを浴びているジュリーですが、

マスターなんかは、ジュリーにあってはそれもありかな、と思ってしまう。

大人としての良識からすれば客の入りはどうであれ、それは周知決定事項の仕事として責任を果たすべきだろう。

どっこいジュリーはロックンローラーだ。しかも、レジェンドときたもんだ。

??

つい最近(今回の騒動前)、sns上で「今のジュリーが見る影もない」的なタイトルを見かけて気になってサイトを覗いてみたのですが、体型が崩れて頭も禿げてという何のことはない記事でした。

同時に彼の検索を続けて行くと、

今もって(過去のヒット曲に頼らず)精力的にアルバムをリリースし続けていること、

ライブも欠かさずかなりの頻度でやり続けていること、

案外政治や社会情勢に歌で物言うアナーキーな歌手であること、

過去の実績にあぐらをかいてテレビに出るようなボワっとした歌手ではないこと等々。

ジュリーって七十歳になった今でもデビュー前のマインドを忘れてないバリバリの現役のロックンローラーなのかもしれない、カッコいいなぁというのが正直な感想でした。

そして今回のこの騒動。

この騒動の責任を真っ向から受け持つことを宣誓したジュリー。その生き様に、今後この騒動がどう反映して行くのか。とても興味のあるところです。

そっちに行けば茨の道になることをわかっちゃいながら敢えてアウトローを選ぶ、

そんな人に魅了されてしまう。

批判派も賛同派もそろそろ矛先を自身の魂に向けて、

人のふり見て我がふりをどう決定づけるのか、

一度きりの人生に置き換えて考えて見るのが良い。

ロックな人生が俺を魅了するぜ。