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言葉にはあまねく意味が付帯する。

これは致し方のないこと。

その言葉を受け止める人の立ち位置や思惑、思想、来し方等、その人を取り巻きその人を形成する背景の違いにより、言葉の解釈には当然千差が生まれる。

「令和」という言葉について、巷でけんけんがくがくの議論が沸騰するのは致し方のないこと。

 

この名付けというものは難しい。

意味に重きを置き過ぎるのもいろんな思惑を生むし、

時にその意味が呪縛となって息苦しい。

かと言って、意味は深い愛情が伴えば強い祈りとなって存在の抽象に凄み(安定感)を与える。

 

何はともあれ、「令和」となった。

日本に生まれ住まい暮らしを綴る一個人としては、

世情の喧騒やら汚濁から一線隔てたところに身をおいて、

風和らぐ春の凪いだ海の心境でのったりと

天の声を正しく聞き分け

善を誇らず悪を懲らしめず

麗しく人と和せるよう、

歩みたいもの。

 

私の中では、「麗和元年」とする。

なんてことはない風景を眺めて、

なんてことはない会話を楽しんで、

なんてことはない言葉を紡いで、

なんてことはない音楽を奏でて、

なんてことはない写真も収めて、

たいした意見を主張するわけでもなく、

ほうほう、はいはい、そうかそうかと、

なんてことはない相づちを二回ほど気を良く打ち、

今日の綺麗な夕暮れを喜び、

妻の美味しいご飯に満足を示し、

心地よく疲れて床に就く。

そんなことに満足していたら、駄目かね。

笑間福珈琲頒布会員様、お待たせ致しました。

先程平成最後の「笑間福珈琲豆」を発送致しました(^^)

 

春は「あけぼの」。

日本人の肌感覚に妙にしっくりとくる枕詞です。

今月は春の逸品をテーマに芳香な香りと後味のスッキリした雅な味わいの豆をセレクト致しました。

 

☆ガテマラ アカテナンゴ 2000m高地産

☆エルサルバドル ロスアンデス ブルボン100%

☆タンザニア スノートップA A

☆コロンビア エクセルソ Qグレード

 

そして、今月のママ謹製の笑間福ケーキは、

「金柑とクリームチーズの入ったカップケーキ」です。

春の訪れのお共に

お召し上がり下さいませ。

「令和元年」。

今回は、マスターもママと共にリアルタイムで発表を待ち受けました。

揮毫された新元号を見た時、マスターはとても凛とした風を感じました。

ママも「いいやん!」と、宣(のたま)いました。

元号の命名は時代によって様々違えども、

いつの世も天下泰平でありますよう、

一庶民としては心から願うばかりです。

自由磊落でいいけど天の言葉にしっかり耳を傾け責任をはっきり強く持って

人と優しく和する凛とした人。

それがマスターが抱いた「令和」に対するイメージ。

今日から4月。新年度が始まります。

桜も少しずつ咲き揃ってまいりました。

今日のケーキは、気も淑(よ)く風も和らぐ、

『抹茶小豆桜アイシング掛けケーキ』です!

新年度が皆さまにとって希望に花咲く年でありますように祈念しております

気温は10度ほどで少し肌寒いですが、

お天道様は顔を覗かせてくれてます(^^)

裏路地の日溜まりにはいつもの野良(勝手にニャン吉と名付けている)がふてぶてしくのさばる。

やい、居座り料、払いやがれ!

と言いながら脅かさぬようそっと路地を行くマスターなのである。

今朝は少し早起きして、

マスターがケーキを焼きました。

沖縄産のきび砂糖とシークァーサーを使ったチーズケーキです!

出来栄えは、もちろん上々(^^)

皆様に美味しいを取りつけるさきわう喫茶店エマコーヒーでお待ちしております(^^)

昨日は中塚荘での

「第27回門真手作り市」を

盛況のうちに終えることが出来ました。

ご来場いただいた皆さま、誠にありがとうございました(^^)

朝は春雷が轟いて、どうなることかと心配しましたが、

何処からか晴れ神様がご来臨下さったようで、

まずまずのコンディションの日和となりました。

次回は、7月28日(日)の予定です!

また中塚荘でお会い致しましょう!

「世界が消失するその前に」

 

大学一回生の夏休み(1982年)を利用して丸2ヶ月を八重山で過ごしたことがあった。

始めの1ヶ月は西表島に住む親戚のパイン農家の手伝いをし、

後の1ヶ月は当時八百屋で相当に稼いでいた叔父の店でアルバイトをさせてもらった。

その時の様々な体験の中で、私はまともに仕事の出来ない、或いは上手く人と関われない己の半人前を痛感し激しく落ち込むこととなる。

思いと身体の乖離。

もがきつつも怯え、何にも辿り着けない焦燥感に伏せる。

そんな鬱屈とした精神状態が続く中、本当に己を情けないと思った。

 

歳を重ねた今もなおその資質(たち)は一向に変わってはいないようで、

私の心にはいつもどこかに未熟さが残る。

そんな未完な私だけれど、

本当はいつも見守られながら生きてきたのだ。

幼少期に接した八重山の自然は、それがあたかも世界の福音であるかのように私の眼を潤してくれた。

その眼福に浴した私は明らかに僥倖者だ。

島の麗しい人々から受けてきた数々の温情もまた私が生きる上での安心感となって今の私を育んだ。

それは大変に有難いことだ。

とりわけ、私にとってパートナーの存在は絶大だ。

どこか大人の発達障害が見え隠れする私に翻弄されながらも私のパートナーはよくやってくれている。

その心は偉大なる母性だ。

頭が上がらぬ。

 

自然の美も人の情けも共に、生きる上での信頼の基盤となるもの。

ましてや、健全なる母性は人類の隠れたる指導者だ。

比して、今の子供たちのことを思う。

私たちの世代の誰もがかつて浴した手付かずの世界の福音をその眼福を

或いは、お節介とも言える人の情けを

尊い母性を

これからの子供たちに残していけるのだろうか。

そのことを思う時、誠に済まないと思う。

一見綺麗にスマートに管理の進んだ世界は、今や母性の品切れ状態が続く。

 

人間50も過ぎれば、今日までの温情にそろそろ恩返しをしないといけない。

私が生きるこの世は美しいと、人との関わりもまた美しいのだと、そう自信を持って生き様を示しこれからの人たちにきちんと申し送れる大人として振る舞えるよう、

己の鬱屈に閉じ籠もったきりいじけている場合ではないと、思い至る。

 

男は父性を

女は母性を

本来の意味で取り戻さなければ。

それこそが世界の消失を食い止める手立てであろう。

僕の人生は鬱屈との闘いの歴史だ。

この身にまとわりつく重荷を解(ほど)く暇(いとま)も儘(まま)ならず、

孤独な姿を晒(さら)しつつ、

谷間の陰に身を窶(やつ)し、

息も絶え絶え耐え忍ぶ。

 

今日は朝からとんでもない量の花粉が飛び交っているのではなかろうか?

まともに息が吸えません>_<

この人生最強の鬱屈を救ってくれるものがあるとすれば、

そうそれはきっとママのケーキだ!

ということで、

今日のケーキは、

『苺のクランブルタルトケーキ』

春の鬱屈をぶっ飛ばせ!!

「お水の機嫌」

寒気に地が凍える日は、

さすがに客人は途絶えがちとなる。

来る日も来る日も珈琲を淹れ続けて、気がつけば14年。

不思議に思うことがある。

同じ豆を全く同じ手順で淹れたつもりなのに、

昨日と今日とで味がガラッと変わることがあるのだ。

そんな時、マスターは「お水の機嫌かな」と思う。

今、大阪の水は高度浄化処理が施されており確かにクオリティは高い。

だが、この水道水、いつもいつも同質で同等の水が来ているのだろうか?

そんな疑問を持つことがある。

やはり季節やその日の天候等の諸条件により原水の水質には日変化があることであろう。

なので、その時々に対応した水処理の結果には当然違いがでるだろう。

ミネラルの含有量、

消毒薬の残留量、

pH値のぶれ等、

違って当然だと考える。

その水質の微妙な日変化が

珈琲の味にも影響を与える可能性は否定出来ないだろう。

時折、どんなに淹れ方を凝らしても、

気になる雑味が珈琲から抜けないことがある。

方や、どんな淹れ方をしても

得も言われぬ円やかな味わいが

カップを満たしてくれることもある。

取り分け、地が急激に凍えるような時は、

珈琲の味わいが限りなく穏やかになる気がする。

お水の機嫌がいいんだなと感じる。

特に、「雪」という要因。

雪の降る仕組みを詳しくは知らないが、

空の高みで冷気に触れた水分が、

結晶となって舞い落ちたものなのか。

昔、人体にとって一番良い水が雪解け水だと聞いたことがある。

マスターのイメージとしては、

自然界で一番無垢な水、それが雪なのかなと。

雪=天の無垢水。

 

自然界には絶対的な掟があって、

それは「生物の活動はすべて水溶液の中で起きている現象」だという事実。

私たちは水を飲み、水を排泄し、体内では血液やリンパ液が循環し、食べ物が消化され、エネルギーが発生し、筋肉が収縮し、生命活動が持続する。

太陽系以外のことは知らないが、地球は唯一水で満たされた奇跡の惑星。

水が存在するが故に生命は始まった。

そう言えば、ホメオパシーという医療分野では、

水は一番の記憶媒体であり、

自然治癒力を高める性質を備えた一番の薬だそうだ。

だとすれば、水の本質は浄化力(リセット)なのかもしれない。

確かに、降り積もる雪には、

穢れを知らぬ純白の世界のイメージがある。

 

しんしんと天下る真白き雪の降り積む夜に、

この地の喧騒が一時凍てついて、

その雪の結晶が浄化を呼び覚ます。

 

珈琲屋としては、そんな水で

いつも珈琲を淹れたいものである。

 

水。それは生命のふるさと。

水を大事にする事は、命を尊ぶこと。

考えてみれば、水の滴が

空を森を川を海を循環して、

生物の活動を支え、

結果、地球を満たしている。

今日ドリップに落とす一滴の水が珈琲となって

お客様の胃と心を満たし

いずれまた巡り巡って地球を満たす。

マスターがドリップする時のおまじないは、

一滴一滴の水に「ありがとう」。

幸(さき)わう大和の国の最高の言霊、それは「ありがとう」。

今日もまた喧騒の街角で、

ぶつぶつとおまじないを呟きながら、

一杯の珈琲と向き合うマスターなのであった。

1963年の8月に、石垣島の真栄里村で僕は生まれた。

その2年後、父は島を出る決断をし、大阪の市内へと移り住むこととなる。

そして、僕が7歳になる春(1970年)にはじめて家族四人みんなで里帰りをした。

その時の真栄里の海はまるで竜宮城であった。母の生まれ島鳩間島の海は天竺の様であった。

海はどこまでも澄み渡り、群生する珊瑚のグラデーションに目が眩み、

所々にぽっかりと割れた水底の裂け目は限りなく漆黒で吸い込まれそうで子供には空恐ろしかった。

海は浅瀬も潮溜りも色とりどりの生き物で溢れかえっていた。

鳩間の中森ではオジィから古典民謡の鳩間節を教わった。

戦争で両眼の潰れた皺枯れ声のオバァは、涙を流して僕を抱きしめてくれた。

それはまだ本土復帰(沖縄返還)前のふるさと八重山での幼い僕の鮮烈な記憶。

その次に帰ったのは中学に上がる前だったか、

その時の記憶はなぜかあまり鮮明ではない。

ただ以降、帰省するたびに海の色がくすんで行くのをなんとなく感じていた。

海岸線が大規模に剥(へず)られていったのは80年代に入ってからだろうか。

こんな小さな離島にアスファルトの一周道路がなんで必要なのだろうと、怒りを覚えた。

お陰で赤土が海を染め、アスファルトには生き物の死骸が無惨に転がった。

沖縄の復興を謳った開発行政は、自然への配慮を欠いたまま土建業をおおいに潤した。

幼い僕の記憶に刻まれた海は、今はもう見る影もない。

海亀は産卵場を失い、ジュゴンの人魚伝説は今となっては空々しい。

併せて昨今は異国からの漂着ゴミが夥しい。

 

今更、辺野古を埋め立てたところで失われた自然は大きすぎて、もうどうでもいい。

自然を護れと言うのなら、50年前から声を上げて欲しかった。

米軍基地のある所は、沖縄本島ではどこも一等地だ。

それが返還されるのなら、そんな良い話はない。

だからと言って、米軍がここから完全に撤退してしまえば、国防が損なわれるのは明らかだ。

昔、魚釣島と言って釣り人が悠長に糸を垂れた尖閣は、今やお向かいの国の核心的利益の島となり、物騒な船がやたらめったら航行する。

その国のイデオロギーは人権を平然とないがしろにし、あまりにも無慈悲に人命を殺めてきた歴史的事実を孕む国。チベットやウイグルの悲痛は今以て進行中だ。

 

悲しいことにこの島は、いつの世も地勢上の負の宿命を負う。

わずか80年ほど前の幼き日に艦砲射撃から逃げ惑った思い出をうちの父ちゃんは語る。

戦争なんてもう真っ平御免だ。

憲法前文も9条も素晴らしい理念を語りはするが、もしも敵が命を奪いに攻めて来たらばどうすべきかの言及がない。

平和を希求する全ての諸国民の公正と信義に信頼して生きる道を決意するのであれば、我らは丸腰となって左の頬をも差し出すべきであろう。

護憲を声高に叫ぶなら、たとえ肉弾で砕けたとて最後は魂で戦い抜き魂で勝つ者となるべきである。

かつてその道を貫いたイエスキリストの様に。

 

僕は今沖縄に住まないので、今回の住民投票には関わりがないが、もしも投票権があったなら、投票には行かない。

そして、「放っといてくれ」と言う。

反対を煽り立てる活動家にも現政権にも共に辟易するのだ。

腹を探りあったり、裏で工作したり、でっち上げたり、そんなことは僕は苦手だしご免だ。

たとえ他所の国の兵隊さんが銃剣をちらつかせようと

厄介な重火器を打ち上げようと、

僕は僕の小さな日常を丁寧にやり過ごしつづけるだけで精一杯である。

泣こうが喚こうが、大きく生きようが小さく歩もうが、所詮人は最後は心の存在だ。

心を豊かに通わせ合える人が一人でも側に居れば、

どんな困難も越えて行けそうに思える。

所詮は小さな生活圏内で日々の暮らしにうずもれて生きることを余儀なくされるか弱き大人である私ではあるが、

たとえ今、世界が終わろうとしていても、私は私の今日の生業に心を尽くす。

そして黙して小さくではあるが懸命に世界の平和を祈りたく思う。

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