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あたいはリンゴ。

世界の神秘を秘めているのよ。

人類の始祖がダメだって言うのにあたいを食べちゃって

神様に追い出されてしまったのよ。

そうよあたいはもともと禁断の木の実。

だけどいろいろ皆んなには知恵をつけてあげたわ。

ニュートンちゃんには万有引力ね。

ウイリアムテルリンには標的になってあげたら、結局そのまま革命になっちゃって

あん時は大変だったけどスイスが独立出来てよかったんじゃない?

あたいは酸いも甘いも受け持つの。

世界の神秘もその混濁の理由も、

あたいを愛してくれるなら

全部教えてあげるわよ。

あたいは、もの言うりんご。

食べて世界を哲学するがいいわ。

本日のケーキは、

『もの言うリンゴケーキ』。

不憫な心に血糊見て

私の心もぞぞめいた

息も重たくうつむいた

今日のみそらは秋晴れの

寿ぐ祝詞を満たすと言うに

空を仰ぐも儘ならぬ

君が胸に吐き溜まる

悲痛にくれた苦き血の

杯を飲み干すか君

星のさやかにすみ渡る

しじまの闇にうつふして

君が心に橋がけて

私は祈るを覚悟する

社会通念においては

善しとされることでも、

魂のレベルにあっては赦されないことがある。

逆に、社会通念上はペナルティでも

魂のレベルではあっぱれなこともある。

なんの話かと言うと、

沢田研二さんのことです。

今回の騒動で相当にバッシングを浴びているジュリーですが、

マスターなんかは、ジュリーにあってはそれもありかな、と思ってしまう。

大人としての良識からすれば客の入りはどうであれ、それは周知決定事項の仕事として責任を果たすべきだろう。

どっこいジュリーはロックンローラーだ。しかも、レジェンドときたもんだ。

??

つい最近(今回の騒動前)、sns上で「今のジュリーが見る影もない」的なタイトルを見かけて気になってサイトを覗いてみたのですが、体型が崩れて頭も禿げてという何のことはない記事でした。

同時に彼の検索を続けて行くと、

今もって(過去のヒット曲に頼らず)精力的にアルバムをリリースし続けていること、

ライブも欠かさずかなりの頻度でやり続けていること、

案外政治や社会情勢に歌で物言うアナーキーな歌手であること、

過去の実績にあぐらをかいてテレビに出るようなボワっとした歌手ではないこと等々。

ジュリーって七十歳になった今でもデビュー前のマインドを忘れてないバリバリの現役のロックンローラーなのかもしれない、カッコいいなぁというのが正直な感想でした。

そして今回のこの騒動。

この騒動の責任を真っ向から受け持つことを宣誓したジュリー。その生き様に、今後この騒動がどう反映して行くのか。とても興味のあるところです。

そっちに行けば茨の道になることをわかっちゃいながら敢えてアウトローを選ぶ、

そんな人に魅了されてしまう。

批判派も賛同派もそろそろ矛先を自身の魂に向けて、

人のふり見て我がふりをどう決定づけるのか、

一度きりの人生に置き換えて考えて見るのが良い。

ロックな人生が俺を魅了するぜ。

秋の空はことのほか感傷を呼び覚ます。

私は結局、

何もわからないまま

何もつかめないまま

人生を終えて行くのかもしれない…などと。

空の奥行きと

色彩と造形の流転の狭間で

目を見はり

息を凝らし

この身を晒す。

言葉におこし得ない言葉が

沈黙の間合いに無限にひしめく。

つるべ落としの夕間暮れ

圧倒的無限の前に押し潰されないよう腕を振る。

 

『りんごは何にも言わないケーキ』

 

「りんごがもの言うたら、

八百屋のオッさんビビってしょんべんちびりよるわい!責任者出てこーい??」

とのぼやき漫才で一世を風靡したのは、かの人生行路師匠でした。

覚えているかなぁ?。わかんねぇだろうなぁ?。とは、松鶴家千とせ師匠。

こんなことネタにしているマスターは、確実に古い世代になってます^^;

もう何も語りませぬ^^;

紅玉リンゴをごろっと楽しめる季節のケーキです!

さてさて、

人間 心の持ち様がどれくらい暮らしに反映しているものであろうか?

例えば、

喧嘩してむしゃくしゃした心で淹れたコーヒーは旨いか?

憂いの気持ちで仕込まれた梅干しの味は人を悲しくさせるものか?

ささくれた心で作られた楽器の音色は人を癒し得るのか?

苦手な相手と取り交す商談には嘘が入り込むものか?

等々。

悲しいかな、人は存外心とは裏腹なところで生きていることが多い割にだからと言って、?

その心の持ち方が全てネガティブな結果を招くとは限らず案外上手くいったりもする。

本当は、良いも悪いも五分五分。

損も得も五分五分。

人は結果をすぐに問いたがるけれど、

招いた結果に一喜一憂しているうちはこの世の業からは逃れられぬ。

人を騙し、脅しすかし、排除して安楽な立場にのさばりそれを成功と吹聴する輩がいるのも世の常かもしれんが、

のっぴきならない事情や憂いの境遇にあろうとも、

ただ、今、ここに在る、私の心の在り方にこそ専心すべきが人の道。

私の心は喜びや感謝や赦しやまごころや未来への希望や情熱を宿しているのか。

それを呼び覚ますことにこそ人生専心すべし。

さすればこそ花は咲き実は稔る。

今日は10月10日。

右と左に10目盛ずつ。

その天秤の支柱に立つのが私。

酸いも甘いも噛み分けてバランス良く生きて行く。

右にも左にも「ありがとう(10)」をぶら下げてね。

香りのお届け物。

「金木犀」。

花は小さく可憐で慎ましく緑の葉っぱに隠れ気味。

香りは芳(かぐわ)しくも優しく穏やか。

花色は煌き過ぎず抑え気味の橙。

そしてその花は雨にあたって潔く散る。

その芳しく甘い気配は遠くからも知れるけれど

主張を控えた沈黙の姿に

その緑の充実に

心を奪われてしまう。

あの出会いには真実があったのだと

若き日のあの秋の記憶に陶酔する。

今回の台風ですが、

ここ門真では何事もなく通り過ぎて行きました。

上を向けば清々しい青空。

下を見やれば鮮やかにガーベラ。

風は颯爽として身をこなす。

10月の始まりとしては上出来だ(^^)

鈍色の今朝の空です。
今現在(14:00)のところ雨もなく風もさほどでもなく、
営業にも問題はなく、
まだこれからです。

こんな時にガーベラが今にも花開きそう。
あとで家の中に入れておこう。

10月のニューカマーコーヒーは、

「グァテマラ オリエンテSHB」です。

 

お彼岸、十五夜、十三夜。

この季節コーヒーが美味しさを増すのは、案外お月様のお陰なのかもしれません。

だから今月は呼ばれたのか。

マヤ文明の国、グァテマラのコーヒー。

月を読み深めた文明の国からの逸品珈琲。

 

盆の月 ?掬える気がする ?秋彼岸