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我が盟友谷くんの歌声を久しぶりに聞いた、しかも新曲で。
とてもいい歌。ジンときた。

僕の勝手な印象ですが、谷くんは、昔から人と社会の節目節目に関わるところのある人で、
そっと寄り添ってはいい仕事をいつもする。
ややこしいこともついつい言いやがるけど、その心根にはいつも優しさと愛がある奴なのだ。
今回の新曲にはそれが溢れています。
本当いい歌だ。
その優しさと愛に向かうひたむきさの中に、
僕は英五さんの遺伝子を読み取る。なのでいっそう感慨深い。

来年はどうなるか見通しは見えないけど、取り敢えず僕は頑張ってます。
山のように海のようにまだまだ大きく、
菊のように桜のようにまだまだ美しく、成長します♪
また一緒にステージに立てるよう^ ^

今宵は、親のない子と子のない大人とのクリスマスパーティ。
だけど悲壮さなんて欠片もない。
なぜなら、ご馳走がどれも美味しいし、青年たちの語る未来は愉しみに満ちているから。
ローストビーフ、玉ねぎスープ、ピザ、ポテトサラダ、サーモンの握り、雪ん子ちゃんのいなり寿司にカップケーキ。
こういう日だからこそ、敢えて店屋物は一切なし。
若者の胃袋を満たして余りあるすべてママの手作り尽くしでした^ ^
食った、笑った、未来を語った。
若者よキリストにあって大志を抱けよ!
Merry Christmas & Happy new year!

昨日、冬至。
陽の陰りのピークが閾値となり、
次昇る陽は、時間にして約90秒長くなる。
降り注ぐ光のエネルギーにも満ち欠け。

吹き荒れる寒波の空にも陽の光。
冴え渡る冬至の空には願い事。
一陽来復。
すべての人に笑顔の明日を。

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昨日はお別れをして来たのでした。マスターが幼少期から青年期を過ごした場所にです。

マスターは生まれこそ石垣島ですが、物心がついたのは大阪市内の此花区でした。それは父が身内をたよってのこと。時は1965年。
それこそ、沖縄からの渡航にはまだパスポートが必要で、為替もドル建ての時代。父、33歳の一大決心。
身内の家での仮住まいを経て、狭小ではあるが一軒家を構えたのは、父35歳の時。父ちゃん頑張ったんだね!
その後、この場所をホームグラウンドにマスターは二十歳を過ぎるまで暮らしました。
家を出てその後は、あまり寄り付かなくなってしまいましたが。

1970年初頭から昭和の激動期を過ごしたこの場所。
この土地には、これまでの家族の暮らしぶりが、私たちの悲喜交交が深々と刻まれている。
私が家族とともに慣れ親しみ苦楽を共にし成長してきた、麗しき懐かしきこの場所。
今や時は半世紀を過ぎ、父も亡くなり、残された者たちも皆ここを離れてそれぞれの持ち場に移り住み、暮らしに励んでいる。
その来し方を振り返る時、わがままや身勝手に染まり数多くの諍いもありはしたが、しかし、そこににあったものは懸命に暮らしに勤しんだ家族一人一人の真摯な生き様。
振り返ればこの場所には、いつも尊い何かが、懸命に生きる者たちを見過ごすことの出来ない何者かが守り励まし導いてくれていたことだろう。
なのでその存在に、今日までのご加護に、感謝を申し上げてきた次第です。

良くも悪くも人と人との交わり、それこそが人生の宝であり生きる意味であることは、この歳になればこそ骨身で分かる事実ですが、その原点は家族でした。
人が集い、風景が広がり、生き様が映し出され刻まれて行く場所、それが我が家。
その家族の原点に、昨日お別れを告げてきました。

今日までの家族の歩みの全てを大いなるその者の御手に委ねて、その者の御意のままにお受けいただき、
そしてここからまた新たな人の活動が始まるのであれば、その大いなる存在の意思に叶う者たちの歩みとして始まりますように。
国と力と栄とが限りなく汝のものとして始まりますように、
これからもこの地を鎮め治めて下さい。
             祈 

朝まだきの散歩道
ここよここよと
ひと時の静けさに声を聴く
足下には落ち葉の絨毯
風にめくられ
そこには愛らしい木ノ実たちだ。

冷え込む朝に眠っていた
暖かい光景。
帰ったら熱い珈琲をいただこう。

残り僅かな年の瀬。
心の庵(いおり)並べて手をかざしあって、温め合いましょ。

今日の晩秋の日和がとても美しく清々しいのは、天の祝福。
と言うのも、今日は大切な人のお誕生日でしたので、
私はその祝福の故に、とても嬉しいのです。
年嵩はこれからますます積み上がる二人ですが、
二人歩きの愉しみはこれからますます増し加わることでしょう。
出逢いこそが奇跡なのだと、この人の故に私は確信するのです。
寄り添っていただけることに感謝を申し上げます。

晴れ上がる夕空。
素足で落ち葉の芝を踏んでみた。
これは秋と一体となるための試み。

掛け値のないものを
ただそこに在るだけで貴いものをこの身に修めたくて、
暮れなずむ時に佇む。

南の島の波打ちの音や三線の音が子守唄でした。たぶん。
それが私の耳福眼福。
潮の香りや草いきれもまた、夏に生まれた私の郷愁を誘います。
物心ついたのは、高度経済成長期真っ只中の大阪市中。
川底からはメタンガス、空は光化学スモッグ、海は垂れ流しの廃液にまみれて絵の具色に染まっていました。
子供の私は日々それを目の当たりにして育ちました。
船上で暮らしていた友達も
朽ち果てた船を舫でいた岸辺も
ハゼ釣りをした湾処(わんど)も
港湾の広大な空き地も
今は昔。
河の流れに沿う時はいつもそんなことを思い出す。

野辺の秋風に身を晒し
束の間の郷愁にひたる

だけど、辿り着いた今に悲観はない。
時の流れはいつも愛おしい。
まだまだこれからが本当の始まり。


エマの15周年にと、手作りの記念品を賜わりました。
コーヒー豆を丹念に貼り付けたキャンパス地に、丁寧に白文字を書いて下さいました。
祈りの入ったまさに祈念品です。
まことにありがとうございます!

11月10日。エマさん15周年の朝。

お天道様のお陰様m(_ _)m

皆さまのお一人お一人がお天道様です^ ^

ありがとうございます。