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12/25 エマのおやすみラジオおやすみソングは、#アメージンググレース

エマコーヒーさんの投稿 2017年12月25日月曜日

平成天皇最後の天皇誕生日。

慈愛と優愛を感ずる御会見でした。

そしてマスターは、ご近所のデイケア施設でのクリスマス会で今年最後の演奏でした(^^)

村岡先生、今年も一年ありがとうございました(^^)

振り返れば、村岡先生とのユニット「グリーンノーツ」で今年は21回演奏をこなしました。

そしてママとは、4回演奏。

マスターソロでは、5回か?

あっそうだ、そこにサバイバルも入れれば、

なんだかんだと都合30回以上の演奏を人前でこなした事になります。

自称「歌う珈琲焙煎士」なんて日頃ほざいておりますが、

なかなかの面目躍如ではないかと、

一応ここだけの話、◯万円くらいは稼ぎましたぜ三河屋さん(*?-?*)

好きなことさせてくれる奥さんに感謝です(^^)

さすが人間国宝や!

来年も本業、趣味、公私に渡り活躍出来れば、マスターシアワセです(o^^o)

陛下ほどの力はありませんが、来年も皆様の安寧を願いつつ慎み深く演奏活動を続けて参りたく存じます(^^)

それもまたほんの一瞬の出来事。

そこにいないと出会うことが出来ない風景がある。

珈琲には、リラックス効果があると言う。

香りを嗅いだ瞬間の脳波にα波が検出されるらしい。

それがどの程度のα波かは知らないが、

果たしてそれは、青空を見上げた時よりも効果は高いのか?

冬の凛とした空気に浸る時の静けさよりも心が落ち着くものか?

リラックスするとはリセットすること。

なのでマスターは、基本「ゼロ場」を探す。

「ゼロ場=すべてが生まれ、すべてが帰る所」と、マスターは定義する。

そんな大仰なこと言わなくたって、ゼロ場はそこかしこに在る。

陽だまりに映る草の影。

生駒の山並みの静けさ。

曇りの日の南天の朱い実。

晩秋の古寺の大銀杏。

神社の水盤に煌めく光。

野焼きの匂い。

すなわちそれは、美しさに触れること。

いたってシンプル。

いつだって今この時にしか出会えないとっておきの美が私を取り巻く。

柿くへば

鐘が鳴るなり

法隆寺(正岡子規)

 

ニッポンの秋から冬を代表する風物、「柿」。

冬枯れの里にたわわに実る朱き実の

その鮮やかな印象は何故か。

子規ならずともその風情は句に詠み込んでおきたいものです。

本日は柿のケーキ。

喰らいて一句。

 

柿くいて

種当てたろか

除夜の鐘(南風児)

(注:バチが当たりますんで本当にしてはいけません^^;)

朝まだきの散歩道、

ひと時の静けさに声を聴く。

振り向いた先には落ち葉の絨毯。

風が絨毯をめくると

そこには愛らしい木ノ実たち。

冷え込む朝に眠っていた

暖かい光景に

シアワセのお裾分けを頂いた気分です。

帰ったら熱い珈琲をいただこう。

残り僅かな年の瀬を

皆さまシアワセに過ごされますよう。

 

昔の線路の盛土(もりど)には、

畑や花壇や物干しや犬小屋や

小さな子供の遊び場まで、

いろんな暮らしの風物が息づいていておりました。

ヨモギに土筆に菜の花に

無花果は子供には苦手だったけど、

近所のお年寄りもお母ちゃんも

夕餉の支度の線路の土手路。

今はしっかりと金網で仕切られてしまって、

やたらとゴミが吹き溜まる。

昭和38年生まれの僕が見てきた時代とは何だったのだろう?

平成の人たちとは

やはり見え方が違うのだろうか?

これから先の人たちは、

更に何を見届けて行くのだろう?

時代は変われど佇む樹々のひたむきさよ。

在りて在る凡ゆるを統べる真は在るのかな。

まごころをひたむきに掘り下げて行きつく先のその先へ。

日々、如何なる言葉と向き合うのか。

私が用いる言葉が、

私の思いを形作り、

私の暮らしの質を定め、

私の人生を決めて行く。

言葉の偉大さ故に師は語り続ける。

詩人は言葉に羽を見い出す。

歌い手は心を揺さぶる言葉を調べに乗せ、

画家は声なき言葉を絵筆にて紡ぐ。

数学や物理が存在の成り立ちをやっきになって解明せんとする数式もまた、

言葉。

私は私自身を私が選ぶ言葉で育んで行く。

言葉を契機に思いを深め、

深めた思いからまた言葉に帰り、

その言葉からぶれないように暮らしを綴る。

それが誠実に生きるということだろう。

成る程、誠実の「誠」は、「言」葉が「成」ると書くではないか。

聖人となるよりも、誠人と成りたいものである。

『2018年 エマ通信12月号』

 

二人三脚。

マスター愛用の焙煎機と連れ添って13年。(ママとは連れ添って20年だなぁ。)

戦友と言うべきか、女房と呼ぶべきか、はたまた利かん坊との珍道中?

いずれにせよ、私はこの子以外は知りませぬ。

井上製作所製、直火式1キロ釜の焙煎機HR-12。

極めてアナログ仕様なこの焙煎機、今はどんどんバージョンアップされてしまって、この機種はもう製造されていない。

焙煎のメソッドなんてきっと、扱う人によって千差万別あることでしょう。

マスターにはマスターのこだわりやらその都度の気づきやら、一過性のマイブームで終わることもありますが、メソッドがあります。

今にしてようやく辿り着いたコツもあります。

近頃はAIだのマイコンだのを駆使して緻密にプロファイリングされた焙煎シュミレーションを用いての完璧な焙煎もあることでしょう。

けれど私はどんなに世の中が進歩しようとも、うちの焙煎機がNo. 1だと思っている。

うんちくや最新の性能にも興味はありますが、

まぁしかし、とどのつまりコーヒーはカップに落とされた時の味わいとそれを嗜む人とのマッチングこそが重要で、

それを演出するところまで含めて、珈琲屋。

果てしなく奥深く難しいが故に、茶の湯は「道」也。

それはひとまず措くとして、

美味しいコーヒーを演出する上で一番重要なのは、やはり焙煎です。

焙煎は調理と全く同じで、

火加減と排気加減で決まります。

釜内が何度の時に豆を投入して、一旦何度まで引き下げて、どれくらいの間隔で温度を上げて行くのか。

排気の加減は釜内の圧力の加減でもあるので単に温度を上げ下げするだけでもなかったり、

ハゼが始まったときの処置をどうするのか、

外気温や釜の蓄熱量への配慮等、

考慮すべきパラメーターは際限無くあるものです。

うがったことを言えば、

珈琲は一杯の割賦に落とし込む自画像。

近頃は自分の珈琲がますます好きになって行くマスターです(*^^*)

精進怠らず、火の要鎮。

今年もお世話になりました。皆さま良いお年を!

?

街角に晩秋。

町中に哀愁。