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先ごろペンタゴンが公式に認めたという未確認飛行現象の話題について、

何故今このタイミングでこのようなニュースが世界に配信されるのか?

UFOやら宇宙人やらは、いわゆる世の七不思議として、あくまでも都市伝説の文脈として面白可笑しく語られ認識されてきた類の話題である。

これまでは、そんなことよう知らんとかそんな研究しとらへんとか、のらりくらりかわして来たはずなのに、

それがここに来て今回、アメリカの国防省当局が公式的に初めて「ほんまはUFOってあんねんで」と、認めた形となる。

ペンタゴンの理由としては、「過去に流出したUFO動画の真偽について国民一般の誤解を解く為」としているが、果たして狙いはそれだけなのか?

一つ思うことは、これからの時代はこれまでの常識や思い込みに捉われていたのでは駄目だというメッセージを聞き取る。

きっと、世の中というものは常に真偽が倒錯しており、大半の人民は情報の操作により真偽を惑わされていることが多いのだ。

では、情報を操作し撹乱する母体とは何なのか?それは何処に潜んでいて何を企んでいるのか?

それを「神無き全体主義者達」と僕は呼ぶ。

今、人類の最大の敵は、神無き全体主義だ。

けれど時代は変わった。嘘も真も隠しおおせない時代の潮目が来たのだ。

身の毛のよだつおぞましい破廉恥も、甚だしい人権の蹂躙も、肥大化した自己を躍起になって肯定しようとする欺瞞も、やがて全てが白日の下に晒されて罰を受ける時が必ずや訪れると、

そんな警告を読み取るのだ。

神の正義は全てを観ていると。

そしてそれは、心ある人々の正義の眼でもあるのだ。

だから、ハリウッドのおぞましい醜聞も、超金持ち財団の不透明なキャッシュフローも、社会主義の誤謬も、勿論、今回の中共ウィルスの茶番も、いずれ必ずや暴かれなければならない。

どうか我々に、情報を読み解く知性を感性を、その力を、リテラシーを、身に備えさせ給へ。

時代の晴れ上がりを信じる者として。


先日、「ねぇ、ねぇ、ママはUFO信じる?」とマスターが問うと、

「?もしか〜したらもしか〜したらそうなのかしら〜?」と歌で応えるママは、さすが昭和の女(ひと)やと、感心。

「ちゃうやん、本物のUFO信じてるかって聞いてんねん」!

「私は信じてるよ。だって昔、UFO、部屋に入って来たことあるもん」。

「…」。

それ以上質問する言葉を失うマスターなのであった。さ、さすがはママや。(ほんまはあんたは何者や?)。

この前、エマ坊は門真ハスオ君と旅をしたよ。

朝の海から大きな太陽が上がって気持ちが良かった。

また行きたいね、南の島。

でも、今はまだ我慢。

(こちらのフィギュアは、LINEスタンプ作家mittanさんの作品。

背景画は、珈琲画家純さんによる作品。)

昨年、丁度ブラックホールの写真が世間の話題となり宇宙への関心が高まる中、

「ところで、マスターが

日頃言うてる重力コーヒーって、何ですか?」という質問に答えた過去記事です。

興味のある方は長期休暇の暇つぶしにどうぞ(^^)

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基本、マスターはイメージ先行で物事を考え、組み立て、理解します(当たり前のことか^^;)。

先月話題に上げた「重力」について、マスターは

時間と空間の始まりに起こった出来事の名残としてそれをイメージしています。

存在界を律する4つの力。

それは即ち、

「大きな力」

「小さな力」

「電磁気力」

そして「重力」です。

中でもこの重力値だけが他の力と比して極端に小さいことが知られており、それが未だ大きな謎として世界の研究者達を悩ませ続けています。

重力は極端に小さな値ではあるが凡ゆる存在に均一に働いており、しかも地球上にあっては常にコア(核)へと向かわしめる。

それはまるで凡(あら)ゆるをそこで束ねようとしているかのようにマスターには思えるのだが、そうして地球の中心へと収束された力(重力)は次なる位相(フェーズ)として太陽と引き合うこととなる。

太陽を中心とした軌道上から弾き飛ばされることなく地球が回り続けている事実からして、地球は太陽とひとくさりで繋がっているのであり、地球の重力とは結局、太陽の引力圏へと収束されて行く。

更に視点を広大な宇宙へと移すならば、

太陽であっても銀河系の一員として存在し、その中心と引き合っていることとなる。

結局、銀河系そのものがこの大宇宙のどこかの中心と連動して運行しているわけだ。

では、その「宇宙の中心」とは?

それは結局、宇宙の始原ということになる。

現代科学の知見によれば、宇宙の始まりは約138億年前に遡る。

その時、ビッグバンという巨大なエネルギーの爆裂があったとするなら、結局、力の根本は斥力なのであって、4つの力は斥力に集約されるはずと、かつて敦賀の友は語ったけれど、僕にはそうは思えない。

力も存在も関係性無くしては成立し得ないのが原則だ。

力を発揮する為には前提として働きかける対象が必要不可欠となる。

そして対象へと向かう力は同時に、自らへも同等に跳ね返ってくる力(反作用)ともなる。

故に、ビッグバンの時に生じた外向きの斥力と思しき破れの力は、同等にその内側にあって絶対無の均衡を保っていたであろう虚時間の世界にも作用をもたらした筈である。

物理学が言うところの「虚時間の世界」(時間以前の世界を扱う)。

それは、「時間が空間と同じようにふるまう世界」と解釈される。

空間内にあっては、凡(あら)ゆる存在が前後左右上下等、全方向へと行き来が自在となる。

時間がそれと同等にふるまうとは、過去・現在・未来という往き来が時間軸に捉われない、すなわち自在であることを意味する。

それは即ち、我々の「心」と同質な世界で出来ている、ということではないのか。

ならばそこには果たして、

凡ゆる知性が

万有の原力が

普遍の真美善(絶対価値意識)が

永遠なる目的が

完全無欠の愛の裏付けが

在ったのか無かったのか?

それは各人が各人の責任において各人の心と知性で真剣に考え尋ね求めないといけない命題。

かかる重力の方向に身を委ね心静かに沈み込めば、

凡ゆる存在がかつ繋がりかつ揺らいでいた頃の原初の光のふるさとで、

凡ゆると相見えて完全調和をはかることが、可能なのではないか?

そんなことを目論みながら珈琲を点てる奴がこの世界の小さな片隅にいてもよかろうと、

ほくそ笑みながら今日も重力珈琲に取り組むマスターなのであった。

願いは一つ、この一杯のしあわせを世界平和の為に。

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真理は遠く果てしなく

空の高みにあるでなく

真理は私の足の下

そっと私に寄り添って

言葉静かに支えているもの

中村工務店様の小粋な計らい、

『小さな小さな小さな道の駅』にて、本日より

エマのドリップバッグコーヒー「蓮ブレンド」と

サーターアンダギー(西表島産黒糖味)の販売をさせていただいております。

コロナ禍の渦中におきまして、お客様には当店エマコーヒーでも原則、ご来店はお控えめになさいますことを推奨致しております。

とは言え、一杯のコーヒーから得る安らぎは気分を転換し、皆様の活力ともなり、免疫を高めることも事実であると思っております。

こちらの『門真蓮ブレンド』は、皆様のご自宅での心の安寧に少しでも役立つことを祈りつつパッケージ致しました。

また、八重山オバァ仕込みのサーターアンダギーには笑福の願いを託しております。

止まない雨はなし。

どうか皆様が健やかに過ごされますよう、この一杯のしあわせをお届け申し上げますます。

ハッピービーンズカフェ

(門真市常磐町7-8-1F)

11:00〜14:00までです。

#大和田ハッピービーンズカフェ

#エマコーヒー

#小さな道の駅


今日はオフ。天気も良好。

なので完全プライベートで

『三密守って野点珈琲会』やっておりました(^^)

来てくださる方には笑間の野点珈琲をお振る舞い、と思ってましたが、さすがに急過ぎましたかね^^;

またゲリラ的に何処かで野点るかも。

七輪スチーム!

昨日、snsを繰っていたら、ヒマラヤ聖者ヨグマタ相川圭子師という方が指導するコロナ対策の動画を見かけました。

その実践項目がとても興味を引きました。

要は、湯気(スチーム)に当たるのが良いというもの。

で、エマでは七輪ストーブに常にヤカンをかけてあるので、その蒸気を顔に当て、早速実践してみたところ、「これはいい!」と実感しました。

顔全体に湯気を当てながら、鼻で息をします。

勿論、剥き出しの内蔵と言われる眼玉にも当てます。

目も鼻も粘膜に覆われているわけで、高温のスチームのお陰でウィルスはじめ雑菌類はきっと駆除されていることでしょう。

ついでに顔の毛穴も開くので、爽快な潤い感があります。

これは、水分子によるとても手軽な浄化法だと思われます。

一日4回程やると良いそうです。

ついでながら言うと、これはきっと花粉症の方にも良いと思います。

エマでの「コロナ対策七輪スチーム」。

ご希望の方には勿論無償で

トライしていただけます!

ただし、やけどにはご注意を!

マスターも簡単手作りマスクデビューだ^_^

ゴム紐が品薄とのことなので、それは使い捨てマスクの耳かけ紐を再利用です。

マスク本体は、晒し布を使用。

市販のマスク幅の約2.5倍の幅で晒しを切断。

縦に三つ折りにして、マスク幅を調整して、出来上がりです(^^)

綿織りなので、肌にも優しい。

洗って何度も使えます(^^)

国から頂けるものとつけ心地どっちがいいか比べてみよっと。

今年は密やかに春を愛でる私たち。

先日のこと、春の陽気に誘われて、新緑狩りに行く。

桜はそろそろ見おさめ。

クヌギやケヤキの落葉樹には可憐な新葉が。

とりわけ私の目を引いたのは、桂の木。なぜだかいつもこの木に私の心は寄る。

勝手なイメージだが、

涙の峠を越えに越えたその果てに月の裏側で出会える木。

とりわけ、この季節の新葉の小さなハートがなんとも愛らしい。

その心の形は秋も暮れてくれば豊かに色づいてカラメルの芳香とともに辺りを潤す。

月の水辺に佇んで愛しい人を招くよな、桂の木。

この木に二人寄らば、いずれ佳き事めぐるよな。

桂。私の伴侶の愛する木でもある。

嬉しいお声を頂きました(^^)

「こういう時だからこそエマさんのコーヒーを」と、

自粛要請の日々の中、嬉しいご注文が皆さまの励ましと共に舞い込み感激致しております。

一杯のコーヒーが少しでも皆さまの一助となるのであれば、こんな冥利に尽きることはありません。

マスター、今日もせっせっと少量愛情焙煎につとめております(*^^*)

笑間の心得

『珈琲は生鮮食品という認識の下、吟味した豆を適正に自家焙煎し、飲み頃に気を使い、挽きたての豆でドリップした、淹れたてのコーヒーをご提供致します。

皆さまのこの一杯のしあわせの為に。』