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過日、お義父さんの3回忌にあたり、故人の眠る霊園に墓参した。

ここは山深いところではあるが、近隣には、椿大社、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の墓所、弥勒菩薩が最初に姿を現す地と伝えられる鶏足山等、道開きや国造りや来臨やら、由緒には事欠くことのない、とても天に近しい聖所である。

眼前に広がる伊勢湾までまっすぐ見通せる景勝も素晴らしい。しかもここからは年に数度だが富士山までも目で射ることができると言う。

緑も濃く空気も清らで、清浄な川もせせらぐ、永眠するにはもってこいの地ですね、お義父さん^^(もちろんお義父さんの親しんだ空海も行脚した地)

途中、この墓所を長年管理する気の良いおじさんN氏と話す機会を得た。

こちらは宗派宗門問わずに受け入れているとのこと。

そもそもお墓について弔う方法に規定などない、と。

なのでNさんが唯一目指すところが「皆んなが集まれる場所」。

こちらのお墓には『本郷永生』と刻まれる墓標が散見される。

生まれて、歩んで、死して、人は等しく本郷へと還帰る。

それはすなわち神の懐。

なので、墓所とは一番神の御座に近いのかもしれない。

Nさんは言う。「沖縄式の家族親族が賑やかに楽しく集える場所にしたい」、と。

私も是非そうあってほしい。

語らいの中で、私が想起したこと。それはかつて伝え聞いた聖者の言葉。

「私が死んだら私の墓標に只こう刻め。

神のため狂ったように働いた男がここに眠る、と。」

名もなく捨てられ喜び従う。

それが真の人の生き方、生き様、哲学、そして美意識。

それが、私の生きる原点のどこかにいつもとどまる。

この世の人は己が功名を墓標に刻みたがるけれど、とどのつまりは、人は生き様がすべてだ。

故に、墓とはその人の生き様こそを偲ぶ場所。

だから私たち夫婦は墓に参り、故人の在りし日を偲び、

人となりを思い浮かべ、

切り結んだ情を振り返り味わい分かち合う。

いずれの日にか、この墓所に私の血族が3代4代と共に集い、故人の思い出を語り継ぎたいものである。

そしてそこから、我が家の家風が良き伝統となって受け継がれてゆくのだろう。

年頃の三姉妹がそれぞれに個性的で魅力的で、マスターはどの子を見ても、慕わしく愛おしい。

もうかれこれ10年ほど、この子たちの成長を見させていただいている。

で、先日久しぶりに会った一番上のお姉ちゃんの髪が随分と長くなっていた。

色を入れたり、パーマをするでもなく、また凝ったヘアスタイルを楽しむ風でもなく、その髪はあまりに素直に腰の近くまで真っ直ぐ伸びていた。

話を聞けば、その無垢な髪の毛の理由はヘアドネーションの為だと言う。

その一言を聞いただけで、マスターの涙腺は緩んでしまった。

その長さに至るまでのこの子のひたむきな心根を、その純真な優しさを、歳月のなかでこの髪は醸していたのだ。

美しいとはこういうことだ。

世の中の本質は与えることであると、おじさんは若い君から教えてもらいました。

写真に見える窓越しの空が、今日のこの日をお祝いしていますね(^^)

雨の月曜日。

Rainy Blue Monday.

But! エマにはお日様があるのである(^。^)

ふるさと八重山のティダを燦々と受けて育った九年母の実、シークァーサー。

予告通り、エマにてお目見えしております。

本日のケーキは、

『マスター実家の庭木の九年母ケーキ』です(^^)


マスターの同窓生、優秀で真面目な齊藤君のブログ記事を紹介します。

彼は昔から嘘をつく男ではない。

よって、極めて信頼性の高い記事である。

(以下、斎藤君のブログより)

ポリ袋は実はエコなんです。

これは、東京に本社のある清水化学工業株式会社さんのホームページに載ってある文面です。

1. ポリエチレンは理論上、発生するのは二酸化炭素と水、そして熱。ダイオキシンなどの有害物質は発生しない。

2. 石油精製時に(ポリ)エチレンは必然的にできるので、ポリエチレンを使用する方が資源の無駄がなく、エコ。ポリエチレンは石油をガソリン、重油等に精製した残り・余りもの。

3. ポリ袋は薄いので、資源使用量が少量で済む。

4. ポリ袋は見かけほどごみ問題にはならない。目に見えるごみの1%未満、自治体のごみのわずか0.4%。

5. 繰り返し使用のエコバッグより、都度使用ポリ袋は衛生的。

6. ポリ袋はリユース率が高い。例)レジ袋として使用した後ごみ袋として利用

7. 自治体によってはサーマルリサイクルし、ごみ焼却燃料になり、重油燃料の使用量がその分減少し、無駄とならない。総二酸化炭素排出量は、サーマルリサイクルしても、そうしない場合と大差ない。

8. ポリ袋は紙袋の70%のエネルギーで製造可能。

9. ポリ袋の輸送に必要なトラックの量は、紙袋の7分の1。

10. ポリ袋の製造に必要な水の量は、紙袋の25分の1。

11. ポリ袋は紙袋に比べ、ごみにしてもかさばらない。

12. 紙袋は再生できるものと再生できないものがある。ラミネート加工されているものや紐の種類によっては再生処理できない。

13. 紙袋は間伐材とはいえ森林資源を利用。

ウミガメの体内から、ポリ袋が出て死んでいるという情報は、私たちを錯覚させる。ウミガメの死因は、ポリ袋ではなかった。網にかかって、動けなくなって死亡した。死んでいるウミガメの体内に、ポリ袋があったという事実が一人歩きしている。本当に、レジ袋の有料化が環境に良くなるのか疑問ですし、「ホンマでっか」の武田邦彦先生が言っているように、環境庁の天下り先が増えるだけという説もあながち的外れではないかも知れない。


この春のアーサー採りに続き、うちの母がまた八重山の地元新聞に載っておる??

シークァーサー。八重山のクトゥバ(言葉)で「九年母(くねんぼ)」。

実家の庭木の九年母が昨年あたりからようやくたわわに成り出しました。

そして今日、その実がエマに届きました(^^)

明日あたりは、

『マスター実家の庭木九年母ケーキ』がお目見えするかも(^。^)

「若木会基金」をリリースさせていただいて一週間が過ぎました。お陰様で多くの皆様から合わせて6桁に到るご浄財を賜わっております。

残された三本の若木と共に皆様に心からの御礼を申し上げます。

また、私の拙文を読み気にかけて下さっている方には、心的にご負担をおかけしているやも知れぬと、心苦しくも思っております。どうぞくれぐれも気に病まれませんよう。

暮らしを織りなす上での優先順位が人それぞれにあることを重重承知をしております。

以下は、その理解の上での補足記事です。

「8年前にお母さんを亡くし、今回はお父さんが急逝されました。

病名は、突発性間質性肺炎と言って、日本ではいわゆる、難病指定の病でした。

4月から体調を崩され5月に入院。最初はコロナによる疾患かとも疑われましたが、それは陰性でした。

一旦退院されてから暫くは自宅療養が続いたのですが、原因の究明に時間を要したこともあって急激に症状に増悪が見られた為、6月13日に緊急搬送され再入院されました。

16日に容体が更に悪化し、以後は会話することも叶わず、太い管に繋がれての人工呼吸器による強制的な酸素吸入にて辛うじて命を繋ぐという痛々しい闘病となり、6月19日、ついに力尽きてご逝去されました。

あまりにも突然の事態(本人さえまさか亡くなるとは思っていなかったでしょう)でしたので家族同士心を通わせる時もままならず、子供たちは戸惑うことばかりでしたが本当に頑張って、6月23日に無事に葬儀を終えるに至りました。

この度の一連の経過につきましては、私たち仲大盛夫婦が生前のよしみもあり、また故人様より直にご指名を頂いたこともあってお手伝いをさせていただいております。

ひとつのご家庭に関われば関わるほど、それぞれに厳しい事情を垣間見ることとなります。

心のケア含めて、残された若い三兄弟の行く末を案じながらも、この子たちに出来る限りの支援を出来ないものかと思案した上での今回の「若木会基金」の立ち上げでした。

この子たちが未来に向かって少しでも希望を持って歩んで行けるようご協力をお願いを申し上げた次第です。」

子供は親の実。

一粒の実りが来る道は決して平坦ではありませんが、残された子供たちがこれから健やかに成長が出来るよう、

これからの人生が親の心と共に花開き実を結び喜ぶことが出来ますよう、

そのことを祈りつつ少しでもお手伝いすることが私たちの願いです。

お心をかけて下さる皆様に本当に感謝を申し上げます。

エマコーヒー 仲大盛永勝

          雅美


報われることを願わない。

ただひたむきに愛と信義の道を行く。

本当のスピリチュアルとは、神様が放っておかれない生き方をすることだ。

ただしそれは、世のメインストリームとは離れる道でもある。

人気(にんき)のない道だ。

お笑いがもて囃され、YouTuberがなりたい仕事ナンバーワンの時代。

ウケること、楽なこと、心地よいこと、享楽へのアイデアこそが人を魅了する。

人は自由に生きれば良い。

私も私が生きたいように生きている。人気のない道ながら。

泣いても笑っても刻一刻、時間は常に新しい。

年を重ねるたび、人も新しくなってゆける。

今日の新しい空が少し晴れあがってきた。

私の心の神様を照らしてください。


「若木会基金」について

エマの夫婦より、皆さまへ。

これは、あくまでも私たちエマ夫婦の個人的な思いに端を発している皆様へのお願いです。

事のあらましにつきましては先般、私個人のsns上にて掲載をさせていただいた通りです。

http://emacoffee.com/2020/06/23/%e7%9f%a5%e4%ba%ba%e3%81%ae%e3%81%93%e3%81%a8/

私たちエマの夫婦は、これまで数多くの方達との交流を重ねて参りました。

なんら気の利いた肩書きも持たない、財産があるでもない、そんな私たちですが、唯一、心ある人様との出会い、そのご縁だけは一等賞である、金持ち人生よりも人持ち人生であると自負をしております。

以下は、この度の一連の経過のすべてに関わっている私の妻の思いです。

『8年前に私の慕わしい後輩が亡くなり、そして今度はそのご主人が急逝されました。

今の私が置かれている状況の中でしみじみと永遠に続く親と子の情愛を深く味わい見つめています。

木が高く伸びている

木は生き生きとのびている

台風で枝や葉をもぎ取られることもあり

大雪で枝を折られることもある

それでも木は伸びていく

今後の子供の苦労を思う時、私に出来ることはその木を支えることだけなのです。

先立つこととなった親の心を思い偲ぶ時、この残された3人の子供を守りたいとの一念です。

ご存知の通り、私は簡単に人に頼む人間ではありません。

しかしこの今は謙虚にならざるを得ないのです。

私がどれほどの資産家であればよかっただろう、子供に贅沢をさせるとかではなく。

毎日、様々な整理ごとの手続きに関わり、ままならない現実に突き当たるたび、この子供たちを支える為の支援の手立てはないものかとマスターとも相談しながら協議を重ねて、今回、「若木会基金」として立ち上げることに致しました。

生きても死んでもみんな一緒にいると感じるのです。親の愛がそうさせていると私は信じているのです。

エマの人たちもすべて一緒です。

血のつながりではなく、「わたし」なのです。

私が神様に選ばれました。

私が親に託されました。』

心に強く思えど、私たち夫婦にはやはり限界があります。

そこで、私たちの思いに共感し賛同してくださる方に向け、この「若木会基金」のことをお知らせする次第です。

これからの子供たちの人生が親の心と共に花開き実を結び喜ぶことが出来ますよう、

そのことを祈りつつ少しでもお手伝いすることが私たち夫婦の使命です。

☆「若木会基金」支援の方法

ご支援を頂ける方は先ず、私、仲大盛永勝のメルアドまでメールにてご通知下さい。

確認後に私からご支援者様宛に振込口座(施主様本人個人名義の銀行口座となります)をお知らせするメールをお送り致します。

その後は、ご支援者様各自のタイミングにて支援金をお振込み下さい。

金額につきましては、それぞれの自由裁量にてお願い致します。

また、振り込み人様のお名前の書き込みに関しても記名・無記名は任意とさせていただきますが、「ワカギ」との記名をお願い致します。

尚、皆様からのご支援に対する子供たちからの返礼に関しては出来兼ねますことをご理解の上、ご支援いただけますようよろしくお願い申し上げます。

ご支援いただけます方は、下記仲大盛永勝の個人メールまでご連絡下さいませ。

emacoffee7@gmail.com

*ご賛同いただけそうなご友人やお知り合いがおられましたら、ご自由に拡散もしていただいて構いません。

三兄弟の為、出来る限りの支援の輪が広がりますことを念願しております。

自家焙煎珈琲笑間 

店主 仲大盛永勝

妻     雅美

慌ただしく日々を過ごしてます。

特に私の妻は側(はた)で見ていて、少し心配なくらい今は慌ただしい。

でも、妻は偉いと思う。

命を看取るということはそうそうある事ではないのだが、

逝く者と残される者との最後の刹那に立ち合って、両者の心を豊かに取り持って、強く優しく抱きつつ導いたのだと思う。

この人はなんと大きな翼を持っているのだろうと、僕は我が妻に感動した。

もうしばらくは残された3本の若木たちの面倒を見てあげて下さいな。

マスターなら大丈夫(^^)

勝手に飯食らってます。

一人で切り盛り出来ますので^_^

夕べの買い物の空の黄金(こがね)の羽は君の羽

今日は、抜けるような青空です。

今週は雨が続くとの予報であったと記憶するのだが、マスターの勘違いか、この晴れ間は想像だにしなかった。

実は、先週末に知人の訃報を受けとった。

その知人の奥様は、8年前に他界しており、以来、彼は残された幼い子供たち三人を男手ひとつで今日まで育ててきた、実に偉い男なのである。

彼の場合は、大手パン屋の配送業務担当であったから、昼夜を問わない激務であったはずで、なんのお洒落っ気もない彼の風貌からして、なりふり構わず働き通したのだろう。

あれは何年前だったか。一度何の前触れなくふらりとエマを訪ねてくれたことがあった。

他愛もない雑談を交わして最後になって彼が聞いてきたことが、「ところでマスターはどこで散髪してますか?マスターだったらお洒落な散髪屋に行っているんじゃないかと思って」、との質問。

その時は私の行き付けの理髪店の情報を伝えはしたが、その後彼がその店に行ったかまでは知らない。

彼の訃報に触れ今思い出す他愛もなかったこの会話。でもきっと、その時の彼の来訪の一番の目的がそれだったように思えてならない。

さて、その時の彼にあったお洒落をするに駆られた事情とは何だったのか?

今となってはマスターには計りようもないが、子供達にはもしかしたら思い当たることがあるかも知れない。

それは一番下の娘さんのことであったり、長男、次男の諸々に関わるものだったかもしれないのだが、いずれにせよきっと子供らに絡む何かであったに間違いあるまい。

母を失って8年間の子供らとの歳月には並々ならぬ労苦があったことであろう。

こちらが話しかけることにいつも言葉数少なく照れや苦笑いで答えていた温厚で善良で純心でロマンチストで出過ぎることの一切なかった優しい君。

頑強そうな体軀に見えたのに、突発性の難病に見舞われるなんて、そんなこと誰が想像出来たろう。

きっと本人が一番驚いている。

この8年の間に子供らは実に成長を遂げたものだ。

上の子は大学生となり今二十歳だ。

次男はこの春から就職して、職場ではとても可愛がられている様子。

長女は高校2年生となり、すらりと背が伸びて気品を兼ね備えた美しい娘さんになっていた。

ほぼ8年ぶりに会った子供らの見違えるほどの成長ぶりには圧倒される。

私たち夫婦にとって、君たちのお父さんお母さんとのご縁はかけがえのないものです。

なぜ巡り会えたのか。それらはすべて神様の采配によるもの。

だから僕たちはいつまでも君たちを見守る。

みんな素直な良い子たち。

君たちのご両親がそうであったように、神様への祈りと愛を持って君たちと付き合い続けたいと思う。

これからもよろしくお願いする。

今日、無事に葬儀を終えて、晴れ上がった空に両手をしっかりと合わせた。