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2015年 8月

暑さを和らげる雨がここのところ続いております。
昨日の夜のお散歩では、
コウロギの声も聞きました。
歳時は移ろい、早くも秋です。
食卓には、新米を始め楽しみな味覚が勢揃いします。

写真は、昨日お客様に頂いた
岩手は八幡平のお土産、山葡萄のジャムです。
早速エマのブールパンにひと匙のせてご賞味^o^
秋のお味が致します。
マスターの顔も栗鼠の笑顔にございます(*^_^*)

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クリスファーム杉田さんから届いた
今期の新米を食す夕べ。
名付けて、
「杉田米奉納食事会」!
ママと二人で急遽開催致しました^o^

これはもう、マスターの持てる限りの飯炊き技術を
駆使して、土鍋で炊きました。

炊き上がりツヤツヤ!
香りも抜群!
はやる気持ちを抑えて
先ずは神棚にご奉納。
「天照の大神様ありがとうございますm(_ _)m」。

はい。では、
待ちに待った杉田米を
気比神宮様より下賜頂いたお福杓文字で
よそって、いっただきま〜す^o^

今日の晩餐も最高です。
採りたて新鮮野菜とブリの切り身を
塩麹、醤油麹、米ぬかで味付け。
これぞ、日本の正しい食卓なのだ(*^_^*)

秋の味覚の最高峰。
日本人ならそれはもう
誰がなんと言おうが、新米です!
地球最後の日に食らうもの、
マスターは絶対にクリスファームの杉田米です。
杉田さん、新米、まことに美味しく頂きました^o^
感謝でありますm(_ _)m

今年もそちら若狭での収穫祭を
愉しみにしております。
ちなみに、今年は11月7日(土)に
収穫祭を開催致します!

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毎週恒例化しつつある
エマの金曜晩餐会。
ママの手料理を親しい者達で(但し独身者に限る)愉しむ、
と言う趣向です。
お代は特に設定しているわけでなく、
帰り際に好きな金額を
貯金箱に投げ込んでもらっています。

献立は、ごく普通の家庭料理です。
汁物の出汁も自分でひき、味噌も手前味噌です。
必ず自家製のぬか漬けも付けます。
好き嫌いは言わせまへん(−_−#)
豪勢にお金をかけるでなく、
その都度の旬のあり物の素材を使います。
お米はもちろん杉田米。
食後には番茶を啜りながら
お喋りに花を咲かせます(*^_^*)
それは何気ない暮らしの単なる一コマに過ぎませんが、
とても貴重な時間に思えます。
本当に私たちの体を作るもの、
本当に心を潤すもの、
それはこんな瞬間の積み重ねなのでしょう。

時にお誕生日なんかもお祝いしたり、
一緒に餃子を包んだり(*^_^*)

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にしても、今年の夏は暑かった^^;
話ししてても言葉が途中で飛ぶほどです^^;
汗と熱で思考回路もとうとうショートですは(>_<) 「朱夏」。 まあしかし、夏の盛りもようやく超えて 空を見てると秋模様の雲が行く(^^) 季節の棚にもイチジクの登場です。 その昔は不老長寿の果実として 珍重されたそうです。 漢字では花咲かぬ実と書いて「無花果」。 花こそ盛りとするならば、 この実はその盛りを止め置いた 届かぬ恋の燐情秘めるか。 或いは、 燃え盛る夏の恋の結末は 実を結ぶことなく飛沫の如く過ぎ去り消えて、 見当たらぬ花の埋もれたる果実か。 いずれにしても、 本日のケーキとなりましたのは、 「イチジクさんのケーキ」です(^^) (null)

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先日話題の映画、「バケモノの子」を
ママと二人で鑑賞してきました。
セル画(今もそんな言い方するのかな?)も
とても見易い日本人的な繊細なタッチだし、
声優さんのキャスティングも申し分ないし、
ストーリーも神話の世界観をうまく
現代の感覚とミックスさせて描けており、
涙と笑いとアクションのバランスも良い、
なかなかの秀作でした。

バケモノの世界とニンゲンの世界と両界ともに
町があって、暮らしがあって、
みんなにそれぞれの持ち場があって働いて、
学んで、修行して、関わりあって、
一見何の変哲もない営みが続く世界同士なわけです。
そのバケモノの世界に
突如ニンゲンの子供が紛れ込むところから
物語が始まります。
9歳の時に来たので九太と名付けらた少年。
最初、ニンゲンは厄介者という理由で
バケモノ世界から敬遠されるのですが、
バケモノ界の宗師様からの特別の計らいで
受け容れてもらえます。

その後素行は悪いが武術の達人の師匠熊徹の下、
必死の修行を積み重ねて、いつしか
師匠をも凌ぐ程の腕前の立派な青年へと成長します。
青年期を迎えた九太は、いつしか自分の本当の居場所を
探し求めて、二つの世界を行き来するようになります。

バケモノの世界→異形の者達が不器用に暮らす世界。
ニンゲンの世界→洗練された世界に不器用に暮らす者達の世界。

さて、両界の違いは何か?

バケモノの世界は、自然界そのものの象徴のように
思われます。
自然は厳然たる秩序や掟のある厳しい世界であると同時に
調和と美の保たれる場所でもあります。
そこに住まう者達の姿形は異形でも
心は純真で素直と言えます。
熊徹にしても粗野で言いたい放題ではあるけれど
純真で熱い心の持ち主です。
そして宗師様には絶対服従を貫いています。
熊徹の好敵手である猪王山(いおうぜん)にしても
礼儀を常にわきまえる道士です。
また次男の二郎守(じろうまる)などは、
弱い奴は嫌い、強い者には相手がたとえ人間であれ
無条件で敬服し迎え入れる裏表の無さを持ちます。
そんな中、ニンゲンは「心の闇」を持つ存在として
描かれています。

バケモノ界で宗師を勤め上げると
天界に転生する特権を得ることが出来るという。
すなわち自分の望む神に成る事が出来る。
ニンゲンにはどうやらそういう特権が
与えられていないようなのですが、
ところが、ニンゲンがひとたび「心の闇」に
吸い込まれて荒ぶれてしまったなら、
神様さえも手に負えない厄介な魔物と化す。
いわゆる「祟(たた)り神」に。

「心の闇」=「情念」、とマスターは解釈するのですが、
それはすなわち、「喜怒哀楽の刻印」であると。
家出をして渋谷の街をうろついた幼き日の蓮(九太)が
呟いた「みんな嫌いだ!」という胸の叫びは
念となって刻印され、いつまでもその場に止まっていました。

ニンゲンとバケモノの一番の違い、それは、
ニンゲンは心に闇を溜め込む存在であるという点です。

ここで一歩踏み込んで
「では、何故ニンゲンは心の闇と向かい合わされるのか?」。

それはきっと、遠い遠い神代の昔。
まだバケモノとニンゲン界に境目が無く
共に仕合わせに暮らしていた時代のこと。
神様は実は背負いきれぬ闇の世界を抱えておられました。
時折闇と向かい合っては苦しげに嘆かれる神様を
見るに見かねたバケモノとニンゲンは相談します。
「神様の苦痛を何とかして差し上げられないものか」と。
相談の結果、ニンゲンが闇の部分を受け持つ事となったのです。
闇を受け持つとは命懸けの覚悟を伴う事。
世界は快楽原則のみでは成り立っていないことを
まざまざと知る道。
この時よりニンゲンには、本当の本質の人生の闘いの道が
始まったのです。
心の闇を克服する為の永い永い歴史路程が始まったということです。

マスターは、そんな風にイメージしました。

たぶんニンゲンは誰しもが、
そもそもの心のグランドデザインとして
闇を仕組まれて生まれてくる。
その闇をどう攻略し克服していくのかこそが、
人生の大切な取り組みとなります。
ただし、その克服は独りきりで成すのではなく、
独りで出来るものでもなく、
お互いに補い合って初めて可能となるテーマです。
ですから、ニンゲンの行く道は過酷である分、
この世界からの期待もとてつもなく大きい
という結論になります。
世界の調和はニンゲンにかかっているということです。
神様から闇を託されたその時からその使命の難しさの故に、
人は助け合うことの尊さを学ぶのです。
或いは、それを克服できた時、
人間は神の事情と心情をわきまえた
神の真の子となり得る。
ですから、人間はそもそも神に成る必要がないと
マスターは解釈します。

世界の調和と平和は、自然を含めた他者との補い合いの中で
実現が可能となります。
人間と自然が信頼関係を切り結ぶことさえ出来たなら、
自然は、例えば九十九神(つくもがみ)となって人間を護る。

「ニンゲンよ祟り神となることなかれ。
心の闇に立ち向かえ。
神の真の子女となれ。」

これがマスターが読み取る
この作品からのメッセージです。

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昨日日曜日の若狭地方は好天に恵まれて、
梅美林保全workも順調に進んで
74本ある梅の木の剪定も無事完了です。
今回はマスターとママは残念ながら
参加が叶わなかったのですが、
エマ私設の「若狭わっしょい援農隊(勝手に名付けてます^^;)」
の皆んながしっかりミッションを完遂してくれました^o^

今年の5月に若狭を訪れた折、
有志数名で田植えを体験しました。
その時に手植えした苗がしっかり稲穂を付けて
今や収穫を待つ状況です。
記念すべき僕たちの初穂(*^_^*)

杉田んぼもいよいよ本日から収穫が始まるとのこと。
杉田さんお一人で9町歩もの田圃の稲刈りです。
9月いっぱいはひたすら刈り取りの続く
農繁期突入の杉田さんです。

共に豊年を祈願した杉田米。
出来不出来はこもごもあるでしょうが、
いろんな人の思いの繋がりあった杉田米。
愛おしさの点に於いては、日本一の杉田米。
今年も無事につつがなく収穫が完了出来ますよう
心よりお祈りしております(^^)

「たなつもの
百(もも)の木草も
天照(アマテラス)
日の大神の
恵み得てこそ」

今期の新米、
ワクワクドキドキ待ちどうしいです(*^_^*)

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今宵はママと二人、
とびきりの晩餐(*^_^*)

釣りたてキスのカルパッチョ
(釣り人は、せっちゃんの旦那様)。
鶏肉のハーブソテー。
カボチャのクリーム煮グラタン。
ドイツ産の白ワイン
(金谷のお母さんより)。
差し入れのロールケーキ
(thank youニコちゃん)。
そして、〆は
エマさんのホットコーヒーお星様ブレンド(^^)

大満足でした^o^
お祝いをして下さった皆様に
心から感謝であります(*^_^*)

マスター、心の年齢満22歳!

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夏は岩雲。
秋は砂雲。

先日の立秋を境に
季節がぐっと動いた感じが致します。

まだ残暑の最中ではありますが、
皆様ご自愛の程。

佳きお盆休みをお過ごしくださいm(_ _)m

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「武器」=人を殺す為の火器。
この表現が感情に走った言葉と言うのなら、
自分と愛する者たちを守る為に
敵に向けられるべき刃(やいば)、
とでも表現しましょうか。
核や大がかりな軍備があろうとなかろうと、
人は足下に転がる石くれを持ってでも敵を打つ。
人心に巣食うこの習性を克服出来ない以上、
或いは、無法者や無法地帯が
この世のそこかしこに現存する以上、
刃は常に私の手元で磨かれなければならないのか。

皆さんは、どうお考えですか?

今、戦後70年という時を経て、
そろそろ、先の大戦を実際に体験された方々も
その大半が鬼籍に入(い)られて、
戦争というものの生々しい記憶が
歴史の記録としてのみ語られる時代となってきました。
戦争を実際に知らない子供たちが
世の中を為政する時代。

つい先日、ある方のブログで取り上げられていた話題に
僕は少なからず衝撃を受けました。
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/newsanswer/newsl/post_89837/
この6月、日本で初めてとなる「武器の商談会(見本市)」が
大々的に行われたというトピックです。
これは、これまでの「武器輸出三原則」の政府見解に対する
大幅な規制緩和(その呼称も「防衛装備移転三原則」と
改められました←昨年4月に閣議決定)を受けてのイベントで、
日本政府の肝入りの下、日本と友好関係にある諸外国(欧米主導の陣営)
が賛同し歓迎し参加する武器の大商談会となった模様です。
原発同様、武器の取り引きもまた巨万の富を生みます。
そういう意味では、これはアベノミクスの
堅固の一本の矢が放たれたことになるのでしょう。

これで晴れて日本も武器商人の仲間入りを果たし、
同時に平和貢献、国際協力の責務も果たし
我が国の安全保障にも貢献しました。

この現実に喜べないのは僕だけでしょうか?
僕は正直言ってとても恐ろしい。
世界の平和の為、日本の将来の為と言って、
迫り来るやもしれない目の前の敵に向けて備えを為す。
一見正論に見えるこの備えが、
本当はとんだ見当違いであるということはないのでしょうか?

本当は、
世界はとても巧妙な中央集権体制になっていて、
そして実はそこに、戦争を望む者達が居るのではないのか、
と僕は見る。
利権を持つ者達(或いは、覇権を握る者達)
の巧妙なネットワークが
世界中に張り巡らされていると言うのが僕の見立て。
これは、都市伝説の類いを語りたいのでは無く、
現実のこの世界の仕組みの話。

だから僕たちは本当の敵を見誤ってはならない。
テロも含めて、今世界はそこいらじゅうで火の粉が舞う。
火器をもって火器を治めようとしても
それはただただ連鎖の火達磨にしかならず、
火器を供給する者達が潤うだけだ。
どんなに紛争の絶えない無法地帯があったとしても
そこには、血も汗も涙も笑顔も家族の為に捧げる
愛しき人々の暮らしがあるのだ。

今地球上には70億を超える人々が暮らす。
その人々が全て、先進国並みの暮らしを
求めるのなら、地球は疲弊する。
決して表には出てこない利権を貪る連中は今、
その70億の内の相当数を
切り捨てようとしているのではないのか?
巧妙に富と平和を持ちかけては紛争地帯をけしかけて、
果てしのない不毛の闘いを促す。
そんなことに実はこの国も加担させられているのではないのか?
集団的自衛権を行使して支援したアフガニスタンは今、
荒廃の極みにあるという現実をもう誰も省みない。

僕たちは本当の敵を見誤ってはならない。

僕たちに出来る唯一のこと。
それは、
目に見える敵に対しても
目に見えない敵に対しても
非暴力不服従で立ち向かうこと。
自分の日々のシンプルな生活にこそ
絶対の価値を見出すこと。
暮らし向きが良いとか悪いとかでなく、
心から愛し合える家族を持ち、
心から信頼し合える仲間を得て、
丁寧に心豊かに暮らしを紡ぐことに
全力を尽くす。
生きるとは極めてシンプルなこと。

もし理不尽にも敵が攻めてきたなら、
その時は、
母は子を強く抱きしめ、
父は仁王立ちになって前に立ちはだかり、
両手を広げて、丸腰で、敵を睨み付ける。

後がどうなろうかは、その時の事。
僕は、どこまでもシンプルな生き方にこそ
命を賭ける。

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今更ながらですが、
エマではもちろん
唄う珈琲焙煎士マスターが
美声を聞かせながら焙(や)きあげる^o^
歌う焙煎豆の小売も致しておりますm(_ _)m
ご贈答用、
地方発送も承っておりますm(_ _)m

ママの素敵なラッピングも華を添え、
贈られる方のお心に笑顔のお花が咲くことでしょう(*^_^*)

ご用命下されば何なりと、
ご相談承りますm(_ _)m

自家焙煎珈琲 笑間
06-6901-5611
emacoffee7@gmail.com

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