2016年 1月 26日

快晴の中、
今日は橿原の空の下に立つ。

突然舞い込んだ友の訃報。

お互いもう20年以上も無沙汰してたけど、
彼とは小学校に上がる前からの
近所に居合わせた幼馴染みであり
今更ながら言うのも憚られるけれど、
親友でした。

互いにかなり影響を与え合った仲だろう。

僕は彼を見る時、いつも憧れの気持ちを持って
眺めていた。

彼は、とてつもなくカッコ良かった。

先ず、身なりがオシャレ。
運動神経が並外れて良かった。
いつもクラスを引っ張るリーダーだった。
男前だったし、
何より優しい奴だった。

僕たちの小学生時代は、昭和の40年代。
その時代に梅田まで毎週エレクトーンを習いに行くなんて、
間違いなくハイカラな奴だった。
そして僕は彼から「ねこふんじゃった」を教えてもらった。
鍵盤が全く駄目な僕だけど、
今でもこの曲だけは誰にも負けないくらい早く弾ける。

だから当然、女子からももてた。
世の中にバレンタインデーなるものがあることも、
彼の存在によって初めて知れた。

学校以外のいろんなものにも誘ってくれた。
ボーリング、ビリヤード、コンサート、
草野球、バトミントン、日曜礼拝学校。

エレキギターもよく一緒に弾いた。
中学の時には区民ホールを借りてコンサートまでやった。
高校生まではよく遊んだもの。

今の僕が出来上がるにあたっての種は、その時代に、
間違いなく彼が撒いてくれた。
僕は相当に彼の洗礼を受けてる。

そしていつの間にか夫々の大人の階段。

大人になってからの消息はお互いに
あまりに断片的。
風の噂程度にしか聞きしれない。

そして不意に今日、終の別れ。

彼の訃報が回ってきたのは、
1月4日のテレビ出演がきっかけ。

家族の皆さんでとても楽しく見たという。
元気になって永勝のコーヒーを飲みに行こうと。

残念ながら願い叶わず、
1月22日永眠。

そして今日彼の本葬に参列。
気立ての良い奥様に年ごろのご令嬢が三名。

一人は赤ん坊を抱いての参列。
孫の顔、見れたんだ。

最後のお別れ。
棺に鎮まる彼の痩せた顔。
よき戦いをなしおえて
天へと召されていくのだなぁ。

葬礼の車を見送り、
まほろばの奈良の都の古人。
冬風をまとう。

そして一人きり。
何処かに奴の居そうな空を探す。

彼の好きだった歌を思い出す。

♯そらもようの かげんが〜
わるくなるまえに
ゆくあてのない たびにでよう〜#

冴えた空 君の鼻唄 口をつく

盟友 中島宏昌 安らかに。
ありがとう。

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