2016年 9月 1日

昭和7年2月13日、申年生まれの父、
仲大盛永金(なかおおもり えいきん)。
今年の2月13日には、
85歳の生まれ年のお祝いをと
家族が島に集い楽しく宴を催したことを
昨日の事のように思い起こします。

ここ数年は認知症を患い、
儘ならない記憶と
覚束ない足取りとで
介助者の手を煩わせながらも、
時折り正気に帰っては
ありがとうありがとう、
よかった よかったと
涙ながらに繰り返し、
優しい笑顔を絶やさなかった父。

この5月に転倒して調子を崩し、
以来、寝たきりが続いておりました。
食べることも叶わず、
点滴のみの栄養補給が続き、
みるみる痩せこけて、
見る影もなく衰弱して行った父でした。

息子である私が抱く父の印象は、
心根の優しいお人好し。
真面目で世話好きで、
同じ話をいつも楽しそうに
夢中になってしゃべり続ける、
そんな愛すべき人柄であったと思います。
そして、手先がとても器用な人でもありました。

若い頃は、ウムザ(イノシシ)獲りの名人で、
八重山中のウムザは全部俺が獲ったと
豪語しておりました。

また兄弟で唯一、三線を弾きこなし、
こよなく八重山民謡を愛した人でもありました。
大阪で元気な頃は、
テープが擦り切れるほど
民謡を聞き込み、
三線を奏で、歌っておりました。
自分の声をテープに録っては、
熱心に練習していた姿をよく覚えています。

まだ乳飲児の時に母親と死に分かれ、
よその家に預けられ、
戦争があり、マラリヤにも苦しみ、
貧困の中で懸命に生き延びてきた
子供時代であったと聞いております。

それでも父は、
逞しく、ひねくれず、真面目に、
懸命に、
ウムザも獲りまくり、歌も歌って、
人生を楽しく全うして、
天寿を満たして85年。
過日8月28日、朝9時42分。
安らかに息を引き取りました。

生前中は、多くの心ある方々より
格別なるご厚情を賜りましたこと、
深く深く感謝申し上げます。
特に、大阪から真栄里に帰って丁度10年、
島の皆様には言葉では言い尽くせないほどの
お世話とご厚情を賜りました。
今は既に口を閉ざしてしまった
亡き父に成り代わって
遺族を代表してお礼を申し上げます。

永金父さん!
これで次良久を父とする兄弟皆んな、
そっちにいってしまいました。
永寛、永明、永幸、そして永金。
そっちでも昔のように
おしゃべりに華を咲かせて
兄弟仲良く永遠に楽しんで下さい。

永金父さん。
あんまり親孝行は出来んかったけど、
ごめんね。

永金父さん。
お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

行ってらっしゃい!

皆様、本日は、ご会葬下さいまして、
誠にありがとうございました。

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