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2018年 7月

台風一過の夕空。

車の窓越し空のパノラマ。

都会の国道は障害物の目隠しが多いけど、

時折り見事な風景が過ぎります。

 

台風一過。

本日予定されておりました

「門真手作り市」は中止となりましたが、

笑間実店舗は営業致しております(^^)

 

閉店後、熱のたまった道に散水して

ママと二人心地よい風に吹かれて

空を眺め黄昏ておりましたところ、

お向かいの奥さんが「マスター、魚食べます?」と、

「はい!食べます食べます!」と即答するマスター。

福井の海で釣ったばかりだというスズキを頂きました(^O^)

早速調理。

素晴らしい今夜のメインディッシュに感謝感激!

 

さすがに照りつける日射しには辟易だが、

青空のキャンバスに描かれる雲の紋様は底抜けに美しい。

お年寄りが仰いました。

「もう夏の終わりの雲のようだ」、と。

 

地震、水攻め、火攻めと、

このところ立て続けに容赦なく自然が猛威を振るう。

それが人々への警告であろうと浄化であろうと、

僕たちは新しい種を蒔く。

僕は僕の命を燃やす。

例えばその燈(ともしび)が歌うことで灯せるのなら、懸命に歌う。

 

今日のマスターは、歌う珈琲焙煎士。

来年もまた必ず歌いに来てくださいと、

皆さんに見送って頂きました。

 

夏の終わりの和み雲

いずれ散り散り失せるとも

明日には明日の雲の歌

 

バリ島の東方、東ティモールの西方、
インドネシア の秘境として知られるフローレス島。
水色の異なるカルデラが居並び、
標高2000メートルを超える火山が連なり、
海にも山にも大迫力の生態がうごめくところ。
コモドドラゴンというオオトカゲは有名。
そんな神秘の島にも珈琲豆が栽培されています。
品種は伝統のティピカ(アラビカ)種。
その完熟豆を丁寧に手摘みした逸品。
本業の焙煎士としての腕がなるなり法隆寺^^;

さてさて、どう料理する?

「善き闘いを成し終えて

永遠の御国に 入りし君」

 

送りの一日を終えました。

感謝に満たされたとても善いお別れが出来ました。

滞りなくすべてを為して、

涼やかな風に吹かれて

夕闇迫る空には冴えたお月様が微笑む。

 

申し訳ないが、哀悼というよりも清々しい。

この世界にはもうひとつどこか新しい次元があって、

物事は三段階の進化を経て

完成するのが宇宙の理であるらしい。

初め母の胎での海中生活を経て、

次にこの地上での陸上生活を全うし、

そして最期、死を経て宇宙的な胎から別の次元の世界へと新たに誕生をする。

それは、虫がまゆを出て、束縛から自由になって、

新しい身体、新しい存在、実体となって羽ばたくようなもの。

そういう理解が腑に落ちれば、死は結婚式に匹敵するほどの祝日(しゅくひ)となる。

だから、そんなときに陰鬱になったり、悲しくなったり、がっかりしては、

天に登って行く人を引きずり下ろすこととなる。

懸命に命を生ききった人のその勝利を祝してさしあげる。

そんなことを思えるほど感動のあった今日の送り日でした。

お義父さんお疲れ様でした。ありがとう。

またお会いいたしましょう。

 

 

暑中お見舞い申し上げます。

昨日、ママの御尊父が逝去されました。

つきましては、明日7/18(水)は葬儀の為、

営業はお休みとさせていただきます。

 

歳を経て60にも近くなってきたら、

自然と向かい合う生き方こそが本当だと思うのです。

大地は自然は、

自分が投入した努力の分しか結果を生まない。

それは貸しのない世界。

投機性やら

一獲千金やら

賭博性とは無縁な

完全自給自立な世界。

報酬を願うという発想から離れた暮らし。

そういう暮らしの中で自分の趣味生活を謳歌するのだ。

そして、

「ああ、あの人のところに行けばおもしろい!」

そういう多様な美的感応圏を創り得る存在として

人生を仕上げて行けたら、

それが私の仕合わせだ。

 

夏の日の整列新幹線。

なんだか、冷ソーメンが食べたくなるのは俺だけか^^;

夏の日長に影さして

たそがれの街並みに風の吹く

人の活動は今日も姦しく

いのちは豊穣にして止むことを知らねども

落日まぎわの地平には

淡いかなしみが降るようだ

どこかさびしげな街並みを

義父(ちち)の病窓から見やる

明日のすこやかなりしを祈る

 

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