2020年 2月

ここ数日は頭の中も生活も忙しく、要領よくお知らせが出来ませんが、

昨日は念願叶って、私のシンボルツリーであるメタセコイアを愛(め)で、

今日は伴侶と結婚21周年の特別なひと時を過ごしました。

7年を一区切りとして3回繰り返して、よくぞここまで来たものです。

ありがとう、我が妻よ。

また明日から新たな一歩です。

夜空には、冴え冴えと三日月と金星。

昨晩からの雨もひと段落ついて、今は少し明るめの銀の空。

自転車で慌ただしく駆け付けた幸(さち)先生が、

315日の銭太鼓のおさらい会、中止になりました〜!」との知らせを放って走り去る。

昨日は向島の自治会長さんより電話で、「29日のさくら祭り、中止になりましたんや。声かけといてなんですがまた来年ちゅうことで」と、申し訳なさそな連絡があった。

いずれも致し方なしの決定でしょう。

今回のウイルス騒動の件でひとつ思うことは、過熱気味の報道には踊らされないようにしたい。

信頼に足る専門家の方々の指摘では、通常のインフルエンザ対策で十分に対応可能とのこと。

手の洗浄にうがい、日光浴、体を温める。

体調が少しでも優れないのであれば、栄養をしっかり摂って休む。

そして一番は、むやみに気を病まないこと。

連日の報道に触れていると、それこそコロナウイルスが世界を破滅へと導きかねないくらいの扱いだったりするし、穿った見方をすれば、これをネタに混乱を画策する輩の策謀さえ見え隠れする。

さっきも述べたが、通常のインフルエンザ対策で十分に対処出来ることを理解して冷静な対応をとりたく思う。

もしも私に潤沢な経済力があって自分で自分を隔離することが許されるならば、しばらくは家に閉じこもって読みたい本を読む、見たいビデオを見る、好きな歌を歌って過ごす、家族団欒を愉しむ等、心と体を温めて過ごせたら、天国なんだがなぁ。

昨今のコロナウイルスの問題は、私の身の回りでも少なからずの影響をもたらしております。

先ず、行政の絡むイベントが軒並み中止となっております。

例えば、3/78に予定されていた第30回門真手作り市が中止となりました。

聞けば、茨木市では3/20までの全てのイベント開催が見送られているそうです。

この分だと、3/29に予定されているご地域イベント「さくら祭り」もどうなることやら、心配です。

今月、来月、長引けば4月あたりまでは、自粛ムードが続くやもしれない。

まぁ、しかし、民間の僕らは日々、日銭で生きてきゃなんないので、

今日のエマの『歌夜会第75夜』開催します!

さすがに、いつもよりは少ないお客様になりそうですが、逆に参加できなくて損した(>_<)と、思っていただける位の最高の演奏をお届け致しましょう!

故郷にてほっと一息ついて寝落ちた私の夢枕に立ち、すれ違いざま声を投げかけて去った誰か(ご先祖様か?)の言葉が頭にこびり付いて離れない。

「時間の流れなんてもんはそもそも無いんよ。有るのはいつも今だけや」。

夢の中でそれを聞いた僕は、瞬時にそのことが腑に落ちて妙に気分が高揚とした。

人類が人(ホモ・サピエンス)としての意識基準を獲得したのが一体いつ頃なのか。それはよくは知らない。(例えばそれがアダムとエバでも構わないとして)、以来、何千何億兆の人の死が累々と折り重なって今日の私が今を生きる。

すでに過ぎ去った人の時間の味わいと、私が今ここで過ごす時間の味わいが、人の意識の本質において何ら変わるところがないとすれば、実のところ時間とは、ただ折り重なっているだけのものであり、人類はいつも膨大な「今」を共有し合っているのだ。

いつの時代の人も「今」しか見ることは出来ず、その「今」を味わうことしか出来ずに過ごして、いずれ世を去る。

とどのつまり歴史とは、今を過ごす人が縦に連なっているに過ぎず、人の意識の味わいという基準値においては今も昔も変わりはなく、ただ平面に広がりが増し加わっただけで相変わらず、きっと人は人なのだ。

縦的に折り重なった過去という歴史は、今を基準にして横的に展開しているに過ぎないということだろう。

その理屈の意味するところは、過去を生きた人の全てが、今という時間軸の中で私の周りの彼方此方に今日も生きているということだ。

過去に生きた人が、今なお私と共に生きている。

例えば、今日すれ違ったあの人は、きっと七代前のあの先祖で、隣の迷惑なあの人はきっと四代前のあの先祖だったりするに違いない。

時間が本当は虚ろなもので、実はその実体なんてものがまるで嘘っぱちであるとするなら、

その思念の行き着くところの真理とは、

所詮は、「私はあなたで、あなたは私」であるという気づき。

だから私は、私の墓標に斯く刻んで謎かける。

「さてさて、ここに眠るは一体誰なのでしょうか?」、と。

死とは、この世の「今」に止まれなくなることを言う。

それは同時に、現在、過去、未来という時間軸からの解放を意味する。

さて、人は死を迎えたそのあと、果たしてどうなってしまうのか。それについては、今はまだ語るまい。

だけどきっと、私という者(意識体)もあなたという者も、いつもどこかで生きていて、何度も何度も袖触れ合っているに違いない。

だからあなたとは、いつかまた何処かできっと出会えるさと、私は信じて生きて行く。

いつも私と出会ってくれてありがとうと、微笑みながら。

実はマスターの校友には、優秀な人が沢山います。その内の一人、S君。

公認会計士として日々ご活躍の彼ですが、最近になって短文ながら専門家ならではの観点からの情報発信を行ってくれてます。これが中々の能文で、勉強になるのです。

そんな彼からの最近の情報に、今年エマコーヒー開業15年目を迎えるマスターは、20年目まではしっかり頑張ろうと気を覇いたのでありました(^^)

(以下、彼のお話です。)

『生存率6%?

起業(脱サラ)して、10年後に残っている割合は約6%であるそうです。100社が起業して、10年後には6社しか残っていない勘定になります。

これが、20年後になると1%を切るようです。100社中かろうじて1社が残るようです。国民生活金融公庫の行員さんにこのことを確かめたら、「概ねそれぐらいでしょう。」と肯定されました。

零細企業が生き残るには、当たり前の事ですが、売上を上げることをもしくは確保することが大切です。売上高を上げることが、多くの問題を解決に導きます。

次に、利益率を確保することです。決して薄利多売の道を探らないことです。売上高を確保するために、値引きすることがありますが、利益率を確保することがとても重要です。

最後に、固定費をできる限り、最小限に抑えることです。この3つを重視することで、6%の生存者(社)になることの可能性が広がります。』

ただ今、お天気は雨です。

この後回復へと向かうそうですが、これから強い寒気が流れ込み、明日明後日は冷え込みが厳しいとの予報です。皆さまどうぞ暖め合ってお過ごしください(^^)

さて、2月の行事の締めくくりは、

222日(土)開催

『歌夜会☆75夜』です!

「スペシャルなゲストと共に」と予告しておりましたが、そのスペシャルなゲストをご紹介致しましょう!

先ずお一人目は、まだ二十代の若き女性シンガーソングライター、もろめいさん。

「もろめい」は、なんと本名で、漢字で書くと「毛呂芽生」となります。マスターも顔負けの珍名さんですね。

もろさんとは、ほんの数日前に珈琲の出張先で出会ったばかりです。感じの良い笑顔で「私、珈琲大好きなんです」と話しかけてくれたのがきっかけで会話を始めて、コーヒーが出来上がる頃には出演を依頼しておりました(^^)

ライブ活動やオリジナルCD、グッズの制作にも精力的に取り組まれています。

「わたし、生きることをテーマに、人を勇気づけたり元気づけたり出来る歌を歌っていきたいんです」と、屈託なく真っ直ぐ話される姿に、なんだか嬉しくなってしまいました。

歌夜会当日は、ギターによる弾き語りスタイルでオープニングアクトをお任せしております。

ゲストのもうお一方は、皆さんご存知の「村岡好弼先生」です。

先生は、なんと今年で傘寿をお迎えなのですが、80にして尚も、いや更に威風磊磊、元気にご活躍されておいでです。

村岡先生の燻し銀のサックスとマスターのギター&ボーカルにて、親父バンド「グリーンノーツ」の演奏を楽しんでいただきます。

完全予約制の会ですが、今現在、まだお席には余裕がございます。

参加希望の方はお早めにエマまでご連絡くださいませ。

テーブルチャージは、お一人様1000円となっております。

19時開場です。

(言い古された言い回しにて恐縮ですが^^;)

1月、いく。

2月、にげる。

3月、さる。

の如く、2月も早後半です。

私事にて恐縮でしたが、今月の前半は、故郷八重山へ帰省すること六日間。

丁度一番の寒波の大阪を逃れて、南洋の初夏(うりずん)の陽光と風を身に纏い、ご先祖と共に過ごす十六日祭(じゅーるくにちさい)なる勤めを無事済ませて参りました。

るふさとにて、ほっと一息。

お客様にはご迷惑をおかけしましたが、良い休日を過ごすことが出来ました。

ありがとうございました(^^)

六日間の休みの遅れを取り戻すべく、後半頑張ります??

早速、本日「夜カフェ」。

夜の9時まで開けてます(^^)

St.バレンタインデーももう間近。

ですので、エマでもバレンタインセットをご用意致しました。

オリジナルドリップバッグ×4個とチョコカップケーキ×2個のセットです。

化粧箱入りで、1000円です。

近頃は、義理、本気、ご挨拶程度等、使われ方がよく分かりませんが、

まぁ、お手軽にご活用下さいませ(^^)

2月の陽射しを浴びていて、ふと光の粒が見えた気がした。

眠気まなこを細めて見ると、それはなんだか粒というよりもあわあわとした流れのようでもあり、

どうもそいつが、凡ゆるの芯まで入り込み、せきたてているかのようであった。

とりわけ、それはたなつもの(草や木や種)との相性が良いようで、

枝葉も地面もそのawa(あわ)にほころぶ。

それもそのはず、光合成は植物の専売特許だ。

(光合成の効率だけを考えれば、植物は光を最も吸収する黒になるを選んだはずだ。

そうならなかったのは、光を独り占めしない為ではないか。

自然は常に、全体への配慮を伴って進化するのだ。

その一点からしても、進化論の嘘が知れる。)

「あ」は、凡ゆるの創(はじ)まり。「わ」は、完結を意味するので、光の粒のことを「あわひ(awai)」と呼ぼう。

「ひ」は、「陽」であり大和言葉では「魂」。

なので、野菜を食べることはこの「あわひ(光の粒)」、即ち、凡ゆるの基(もとい)を体に取り込むことを意味する。

結論。

春野菜は食べた方が絶対にいい。

*掲載の写真は、友人から頂いた写メです。