心に沁み入る珈琲を
珈琲の抽出に興味津津のお客様がたまにいらっしゃって、
マスターが珈琲をドリップする様子を
カウンター越しに食い入るように眺めておられます。
そして、珈琲にお湯を刺す時の豆の膨らみを見て
「珈琲ってこんなにも膨らむものなんですね。流石ですね。」と、
しきりに感心なさいます。
そこでマスターはこう応えます。
「この膨らみのカラクリをお教えしましょうか(ニヤリ)?」と。
「そう、この中には実はある魔法の粉が…」
なんて軽口飛ばしながら、お答えします、豆が膨らむ本当の理由。
「焙煎して間がない新鮮な豆(目安として焙煎後3週間以内)で、
しかも粉に挽いたばかりの(粉砕したての)豆を使えば、
誰がドリップしようとも必ず膨らみます。
その条件さえ守られていれば、種も仕掛けもありませんよ」。
ドリップの熟練者であろうとなかろうと、
古い豆を使えば、この膨らみは全く期待出来ないのです。
この膨らみの正体は、焙煎という熱反応の過程で生じる
焙煎豆の中に閉じ込められている炭酸ガスなのです。
ガスですから当然、より広い世界に飛び出そうと
常にムズムズしている訳です。
従って、時間の経過と共に徐々にガスは抜けてしまいます。
そして一度豆を粉砕してしまえば、一気にそのガスは放出されてしまいます。
しかも珈琲の命とも言えるあの馥郁な香りと共に;_;
ですから、珈琲屋は切なる思いで皆様にお願いするのです。
「コーヒーミルを買って下さい!」と。
よく粉に挽かれた珈琲豆が、1年もの賞味期限が付けられて
平気で店頭に並んでいるのを見かけますが、
珈琲屋としては、胸が張り裂ける程痛みます。
あり得ん(>_<)と。
珈琲は生鮮食品であると言う認識の欠如した
デリカシーの欠片もないパッケージ商品。
もう一度、言わせて下さい。
「珈琲は生鮮食品です。
その寿命は、豆の状態でせいぜい1ヶ月、
粉にしてしまえば、せいぜい1週間が限界です。」
珈琲で胸焼けするとか、
気分が悪くなるとか、
味が酸っぱいとか、
これらの原因は、焙煎豆の鮮度の問題が疑われます。
さて、珈琲をドリップする時の
あのふくよかな膨らみを毎度眺めながら、
珈琲の抽出の極意とは、つまり、
この泡の膨らみとの対話なのかなと思わされます。
「美味しい珈琲の淹れ方」と題して、
巷では書籍や教室が溢れています。
温度は○度で、
注湯は○回で、
のノ字を描きながら、
○分以内で、云々。
どのメソッドもごもっともで、
難癖を付けるつもりもありませんし、
最低限の基本というものは勿論必要です。
その基本のメソッドを踏まえた上で、更にその先には、
まだまだ開拓すべき領域が広がっていることも
忘れてはいけないと思っています。
注ぐ湯の一雫が、
渦を作り空気の流れを呼び込み、
それが契機となって
珈琲の息遣いが始まる。
注ぐ雫は染み入りながら、
数多の息吹を身に纏い、
凝縮された一滴となって
割賦を満たす。
願わくば、
その一杯の珈琲が、
その人を満たしますよう。