親愛なる従兄弟、高穂君。

親愛なる従兄弟、高穂君へ

天高く穂を捧げて
まっすぐ懸命に生きた君は、
天の高誉(あまのたかほ)。
それが君が受くべき称号だ。

生まれつき心臓に疾患を持って生まれた君に、医者は、
「二十歳までは生きられまい」と残酷な宣告をした。
幼少の頃、確かに君は病弱だった。
左半身には麻痺もあり、
ぜいぜいと左足を引きずりながら息苦しそうに歩く姿が痛々しかった。
だけど君はよく笑った。
僕は君より1歳年上だったから、
おもちゃの扱いや遊び方は上手に教えてあげられた。
そんなこともあってか、
君は僕と会うことをいつも楽しみにしてくれていた。
「おおさかどおろ(大阪道路)のえいかっくん、えいかっくん」。
少し知恵の遅れた言葉遣いと障害を伴う発声で、君は僕を慕ってくれた。
君のお父さんもお母さんも優しい人だから、
休みの度に車で君を連れ出しては、思い出を急いでくれた。
少しずつ歳月は流れて行き、
君の趣味は電車とそして音楽を聴くことになっていった。
なぜか音楽の好みは僕と重なった。
特にインストルメンタルのエレキサウンドは、大の
お気に入りだった。
結局、君と遊んだのは僕が中学の時まで。
だけど、その後も君はよく生きた。
あの時の医者は嘘つきだった。
君は成人になってちゃんと仕事もこなし、その後30年も懸命に生きて暮らしを綴った。

いつだったか、数年前に君を訪ねたことがあったけれど、
体調不良で自室に引きこもっていたから、君には会えなかった。
叔父さん叔母さんに挨拶して玄関を出た時、
二階の窓を開けて君は顔を出してくれた。
そして、とても人懐っこい素敵な笑顔で手を振ってくれました。
その後、結局、会えず仕舞いで今日を迎える。
今日の君の遺影の写真は、
あの時の笑顔そのまんま。

。。。

昨年末の石垣島旅行以来、
体調不良による入退院を繰り返していたとは、聞いていたけれど、
まさか…。
時に人の死は、あまりに唐突で呆気ない。
ずっと側に付いていた叔母でさえ、その予期は難しかった。

健常な者には理解し得ない苦痛と常に向き合いながら、
君は懸命に生きて笑顔を見せていた。
しんどい時間を僕たちの何十倍も背負いながら
君は笑顔を絶やさなかった。

君の棺には、沢山の花と
鉄道の雑誌と懐かしいオレンジ電車の模型が収められた。
本当は君の好きなカセットテープも持たせてあげたかった。
せめて君のため鼻歌を歌います。
ところで、コーヒーは好きだったかな?
聞くのを忘れた。

享年53歳。
ありがとう天の高誉。
安らかに。

合掌

 

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