コーヒーを淹れとくれ!
「一丁、俺の為に美味しいコーヒー、淹れてくれよ」
もしかしたら、今もそんな風に言われているのかも知れないな。
ふと、そんな思いが過ぎる。
今でこそ珈琲屋を生業としているマスターではあるが、告白するとそもそもコーヒーにはさほど興味のなかった人間なのである。
缶コーヒーもインスタントコーヒーもたとえ手の込んだドリップコーヒーであっても、全て等しく「同じコーヒー」。
そんな認識しかしていなかったのである。
喫茶店に通うような趣味もなかったし、そもそも、たまに誘われて行く喫茶店ではコーヒーなど滅多に注文しない、そんな偏った奴だったのだ。
要は、自分から進んでコーヒーは飲まない。
コーヒーを飲むときはいつも受け身で飲む。
すなわち、おもてなしのコーヒーなら飲む。
実は、河島英五さんが無類のコーヒー好きだったのです。
英五さんとお付き合いのあったその当時、ご自宅を伺う機会が頻繁にありました。
本当に四六時中、英五さんはコーヒーを飲んでました。
もちろんご自身で淹れることはほぼなくて、「マッキー、コーヒー淹れてー」と、その都度、奥様に声を掛けていらっしゃいました。
当然、ついでに私にも淹れて下さいました。
器は、ウエッジウッドだったり、ジノリだったり、ピーターラビットだったりと、案外と洋風でしたね。
「英五はお酒の飲み過ぎで早死にしよったんや」と思っている人が多いかと思いますが、英五さんは余程調子の良い時以外は自ら進んでお酒を飲む人ではありませんでした。それは私が証言しておきます。
英五さんのもとを離れて紆余曲折、私も遠くへ来たもんだ。今では一丁前に珈琲屋を騙る身となりました。
思いもよらない転身が人の身には訪れるものです。
振り返れば、私は多分、英五さんのお宅で一番コーヒーを飲んだであろう。
あの時期のコーヒーが存外、私をしてコーヒーへと向かわせる遠因になっているのかもしれないと、ふと感じ入る。
生きていれば師も69歳。
今頃は孫の企みを一緒になって楽しんでいそうだ。
そして、目を細める英五さんの傍にはきっとコーヒー。
「俺のために美味しいコーヒー、淹れてくれよー、仲大盛君!」
「はい。よろこんで!」
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