Master's Voice

どうやら長雨になりそうな気配の連休ですが、
皆様いかがお過ごしでしょうか。
雨の日には雨の嗜(たしな)み。
本を片手に喫茶店で憩うも良し。
珈琲のアロマが心を誘(いざな)い
気がつけばきっとあなたは楽しき言葉の旅人に、
なっているかも^^;

本日は、安納芋のケーキがございます。
すっかり秋の味覚にございます。
少しビターな珈琲があうでしょうか。
imageimage

image

鯖街道をぶっちぎり
今夜あの空の下
金色の稲穂の揺れる草の原
真円の月を掴まえに
風の歌声運ぶ雲
友と語らう宵の月

という事で、
満月を愛でに若狭まで
出かけて参りました(^^)
杉田んぼの畦にて友との団らん。
また一つ、思い残す事がなくなりました。
もう楽し過ぎて、時を忘れました。
毎年の恒例行事がまた一つ増えそうです(^^)

imageimageimageimageimageimage

image

10年後を心配しない。
一年後を考えすぎない。
一ヶ月後を煩わず、
只明日だけ。
今日を精一杯丁寧に生きて、
明日が気にかかるけど、
ひとまず今日はおやすみなさい。
目覚めた時にはもう明日が来て、
あっという間に過去は積み重なる。
長い長い時間軸に沿って
広がる今日の空間こそが私の全て。

空を見上げる。
こぶしを胸に充てる。
ゆっくりと息をする。
心に耳を澄ませて今を生きる。

今や俳聖と成る日も近いという
いちらう大先生から、
「永勝君、ちょっといい詩が出来たもんだから、
君、歌でも付けてみないかね」と、
畏れ多くもお声を掛けて頂き、
「ははー、わたくしの様な者でよろしければ
考えさせて頂きます!恐縮でありますm(__)m」
と、貴重な詩を頂いたので早速、10分程詩をなぞって
即座に曲を付けさせて頂きました。
後日、「こんな曲が出来ました」と、
いちらう大先生にお聞かせしたところ、
「なかなかええやないか」と、
お褒め頂きました。
更に仰るには、
「して、作曲の駄賃じゃが、1本でええかのう?
まぁ、いつもキダタロー君にあげてるくらいのギャラで
すまんのだがの〜。」
と言うお申し出。
「いえいえ、私なんぞはまだまだそんな立場にはございません」と、
固く辞退致しました^^;

なかなか昭和のノスタルジックな香りのする
仕上がりではないかと思っております(^^)

タイトル「月に吠えよか踊ろうか」
作詞 いちらう
作曲 えいかつ

ライブハウスの扉を開けりゃ
立ち見の客の肩越しに
マイク片手に昔の恋を
想い出すよに歌ってた あぁ〜

チャイナドレスのスリットが
ちらりと揺れる夏の夜
洒落たステップ踏みながら
長い髪を揺らしてた

スポットライトを浴びながら
お前の唄うブルースが
夢のはざまで酔いどれた
俺の心に染みてくる

月に吠えよか踊ろうか
お前を真似たステップも
足がもつれて踊れない…
笑ってくれよ「うふふ」とね
昔のように「うふふ」とね

月に吠えよか踊ろうか
月に吠えよか踊ろうか
Oh! Baby Oh! Baby Oh! Baby

image
今日の空。
image
今日の飯。
image

image
今日の仕事。
image

image
10月1日は、「コーヒーの日」。

これは、世界のコーヒー豆流通市場で
その年に採れた新豆(ニュークロップ)の取り引きが始まる
10月にちなんでのこと(珈琲豆市場の新年度は10月)。
この日は、日本だけでなく、「International Coffee Day (国際コーヒーの日)」
として、国際コーヒー機関(IOC)理事会において
正式に定められています。

この時期、日本では秋の好日が続きます。
気温は程良く、空は高く、空気も澄み、
となれば珈琲の味わいも俄然深まる季(とき)!
コーヒーの日にこれ程相応しいタイミングは無いでしょう。
この好日に開催されるのが、
「JAPAN COFFEE FESTIVAL」です。
もちろん、エマコーヒーも参加致します。
主催は、珈琲フェスティバル実行委員会、
後援は、日本珈琲文化普及協会。
文字で書くとなんだか仰々しい団体名ですが、
既存の珈琲団体とは一線を画する、
珈琲好きな兄ちゃん姉ちゃんおっちゃんおばちゃんが、
情熱とロマンを持って立ち上げた
純粋自然発生的な隣の珈琲愛好家の集いです。
彼らのフェスティバル実行趣旨文があまりに素晴らしいので
ここに引用掲載致します。

(引用開始)
「元来、日本における珈琲文化の発展は
喫茶店文化とともにありました。
喫茶店は一杯の芳香な珈琲を飲み
リラックスすることを求め地域の人々が集い、
そこに井戸端のように人の輪が生まれ、
老若男女問わず、地位や名誉・肩書きなどすらも関係なく
節度を持って楽しむ人々の交流がありました。
しかし昨今では、そういった昔ながらの喫茶店文化はどんどん失われ、
それに代わって個の空間を楽しむカフェが台頭してきました。
珈琲の生産から焙煎、ドリップに至るまで
あらゆる工程・過程で技術改良やコンセプトの見直しなどがすすみ
珈琲文化は凄まじい発展向上が見える一方で、
人々のコミュニケーション文化は
急激に画一化され衰退していっています。
温故知新。
昔の喫茶店文化が持っていた、珈琲を味わう時間とともにあった、
人と人との息遣いや温かみが感じられる中での
コミュニケーション時間をもっと味わい深く愉しむ。
それはまるで珈琲に溶け込む砂糖やミルクのように、
珈琲を味わう時間をきっともっと
愉しいものにしてくれるに違いありません。
珈琲を中心に人が集い旧知を深め新たな交流を愉しみ、
集う珈琲を愛する人たちとともに
文化や芸術への造詣を深め感受性を高め、
そこからまた珈琲文化のあり方を見つめ直すきっかけが生まれ、
より安全で美味しい珈琲が健全に普及することでまた人々が集う。
そういった好循環環境が生まれることを目指し、
私たち珈琲フェスティバル実行委員会は
この珈琲フェスティバルを実施いたしております。」
(引用終わり)

日頃我がエマコーヒーは、
カフェと言うよりは喫茶店を自負しております。
喫茶店とは、多種多様な人が出会い、交流し、
互いにモチベーションを高め合い、
そして新しい出来事を生み出してゆく場であると
そう思っております。

「人×地域×文化×芸術=?」

これは、日本珈琲文化普及協会が掲げるテーマ。
「?」の中に入る言葉は、人の数以上にあることでしょう。
「一杯の珈琲がもたらす可能性」を信じる思いは、
笑間とて同じ。

Change the world from a cup of coffee!

珈琲に感謝を!

「死は忌み事か?」

父の骸(むくろ)を前にして、
そんな事を考える。

生まれて、生きて、
いつしか必ず死に至るのが人生。
その定めの中で、
ならば、人が生きる目的とは何なのか?
言葉で言えば、
その答えは単純にして明快。

「人生は幸福になる為にある」。

ところが人は死んだ時、
「不幸があった」と言う。

「死=不幸」、と。

そして死こそが
人生の結末であるとすれば、
いずれ死に至る全ての人間は、
「不幸」に向かって生きていることに
なってしまう。
人生はハナっから負け戦が定められていると言うのか?

そんな馬鹿な話は絶対に無い。
詭弁に弄されてはいけない。

死は本来美しいものである、
と考える。

植物は芽生え、伸長し、花を咲かせ、
実をつけ、種となって、新たに巡る。

命は、芽生えと伸長と終焉の過程を繰り返し
巡り続ける。

だから、死の本義は、申し送りにある。

此の度の父の葬儀に際しては、
古い付き合いのある方々が、
父との思い出を口々に語って下さった。

そんな話を聞きながら、
やはり偲ばれるのは、
優しくて真面目で
お人好しだった父の人柄。
誰からも好かれるその人となり。

私はそんな父から何を受け取り
何を遺して行けるのか。

「人生は幸せになる為に
与えられた尊い時間」。

原野を身ひとつで開拓した父の汗。
子の行く末を思い島を出た父の決断。
慣れない土地、慣れない言葉、
異郷での人付き合いの中で
流したであろう父の涙。
その全ての父の奮闘があって、
私は育まれてきたのです。

だから何があろうとも
父に恥じないように生きるのが私の使命。

父の死に直面しながら、
この父は懸命に美しく天寿を全うしたと
思うのです。

私は、幸せに向かって懸命に流し続けた
父の尊い血と汗と涙を受け継ぐ者となり、

そして真の意味での幸せを掴むのだ。
imageimage

昭和7年2月13日、申年生まれの父、
仲大盛永金(なかおおもり えいきん)。
今年の2月13日には、
85歳の生まれ年のお祝いをと
家族が島に集い楽しく宴を催したことを
昨日の事のように思い起こします。

ここ数年は認知症を患い、
儘ならない記憶と
覚束ない足取りとで
介助者の手を煩わせながらも、
時折り正気に帰っては
ありがとうありがとう、
よかった よかったと
涙ながらに繰り返し、
優しい笑顔を絶やさなかった父。

この5月に転倒して調子を崩し、
以来、寝たきりが続いておりました。
食べることも叶わず、
点滴のみの栄養補給が続き、
みるみる痩せこけて、
見る影もなく衰弱して行った父でした。

息子である私が抱く父の印象は、
心根の優しいお人好し。
真面目で世話好きで、
同じ話をいつも楽しそうに
夢中になってしゃべり続ける、
そんな愛すべき人柄であったと思います。
そして、手先がとても器用な人でもありました。

若い頃は、ウムザ(イノシシ)獲りの名人で、
八重山中のウムザは全部俺が獲ったと
豪語しておりました。

また兄弟で唯一、三線を弾きこなし、
こよなく八重山民謡を愛した人でもありました。
大阪で元気な頃は、
テープが擦り切れるほど
民謡を聞き込み、
三線を奏で、歌っておりました。
自分の声をテープに録っては、
熱心に練習していた姿をよく覚えています。

まだ乳飲児の時に母親と死に分かれ、
よその家に預けられ、
戦争があり、マラリヤにも苦しみ、
貧困の中で懸命に生き延びてきた
子供時代であったと聞いております。

それでも父は、
逞しく、ひねくれず、真面目に、
懸命に、
ウムザも獲りまくり、歌も歌って、
人生を楽しく全うして、
天寿を満たして85年。
過日8月28日、朝9時42分。
安らかに息を引き取りました。

生前中は、多くの心ある方々より
格別なるご厚情を賜りましたこと、
深く深く感謝申し上げます。
特に、大阪から真栄里に帰って丁度10年、
島の皆様には言葉では言い尽くせないほどの
お世話とご厚情を賜りました。
今は既に口を閉ざしてしまった
亡き父に成り代わって
遺族を代表してお礼を申し上げます。

永金父さん!
これで次良久を父とする兄弟皆んな、
そっちにいってしまいました。
永寛、永明、永幸、そして永金。
そっちでも昔のように
おしゃべりに華を咲かせて
兄弟仲良く永遠に楽しんで下さい。

永金父さん。
あんまり親孝行は出来んかったけど、
ごめんね。

永金父さん。
お疲れ様でした。
そしてありがとうございました。

行ってらっしゃい!

皆様、本日は、ご会葬下さいまして、
誠にありがとうございました。

imageimage

昨日お裾分け頂いたアニキの野菜。
早速手料理してお口へと^o^

エンサイのチャンプルー焼きそばに、
ナーベラの味噌炒め。

八重山の父よ、母よ、
私は今日も故郷のことを
想っておりますT^T

imageimageimage

朝起きたら〜

で始まる自虐唄が、昔あったなぁ^^;
今日は、笑間さんは定休日ですが、

早起きしてます。
外に出てみると

なんだか神々しい空。

足下に目をやると花一輪

唐突に咲いているし、

風も涼しいし。

こりゃ秋の気配だわ。
朝から大きなリュックを背負って、

従兄弟の兄さんが家庭菜園で

育てた野菜を頂きに行ってきました。
今年は少雨の影響で

あまり出来は良くなかったとか。

の割りには大きな冬瓜。
エンサイン(空芯菜)にナーベラ(ヘチマ)。

いずれも沖縄では馴染みの夏野菜。
マスターは、ナーベラの味噌炒めが

大好物です(^^)
兄さん、ありがとうございます(*^^*)