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Master's Voice

昨晩からの雨もひと段落ついて、今は少し明るめの銀の空。

自転車で慌ただしく駆け付けた幸(さち)先生が、

315日の銭太鼓のおさらい会、中止になりました〜!」との知らせを放って走り去る。

昨日は向島の自治会長さんより電話で、「29日のさくら祭り、中止になりましたんや。声かけといてなんですがまた来年ちゅうことで」と、申し訳なさそな連絡があった。

いずれも致し方なしの決定でしょう。

今回のウイルス騒動の件でひとつ思うことは、過熱気味の報道には踊らされないようにしたい。

信頼に足る専門家の方々の指摘では、通常のインフルエンザ対策で十分に対応可能とのこと。

手の洗浄にうがい、日光浴、体を温める。

体調が少しでも優れないのであれば、栄養をしっかり摂って休む。

そして一番は、むやみに気を病まないこと。

連日の報道に触れていると、それこそコロナウイルスが世界を破滅へと導きかねないくらいの扱いだったりするし、穿った見方をすれば、これをネタに混乱を画策する輩の策謀さえ見え隠れする。

さっきも述べたが、通常のインフルエンザ対策で十分に対処出来ることを理解して冷静な対応をとりたく思う。

もしも私に潤沢な経済力があって自分で自分を隔離することが許されるならば、しばらくは家に閉じこもって読みたい本を読む、見たいビデオを見る、好きな歌を歌って過ごす、家族団欒を愉しむ等、心と体を温めて過ごせたら、天国なんだがなぁ。

故郷にてほっと一息ついて寝落ちた私の夢枕に立ち、すれ違いざま声を投げかけて去った誰か(ご先祖様か?)の言葉が頭にこびり付いて離れない。

「時間の流れなんてもんはそもそも無いんよ。有るのはいつも今だけや」。

夢の中でそれを聞いた僕は、瞬時にそのことが腑に落ちて妙に気分が高揚とした。

人類が人(ホモ・サピエンス)としての意識基準を獲得したのが一体いつ頃なのか。それはよくは知らない。(例えばそれがアダムとエバでも構わないとして)、以来、何千何億兆の人の死が累々と折り重なって今日の私が今を生きる。

すでに過ぎ去った人の時間の味わいと、私が今ここで過ごす時間の味わいが、人の意識の本質において何ら変わるところがないとすれば、実のところ時間とは、ただ折り重なっているだけのものであり、人類はいつも膨大な「今」を共有し合っているのだ。

いつの時代の人も「今」しか見ることは出来ず、その「今」を味わうことしか出来ずに過ごして、いずれ世を去る。

とどのつまり歴史とは、今を過ごす人が縦に連なっているに過ぎず、人の意識の味わいという基準値においては今も昔も変わりはなく、ただ平面に広がりが増し加わっただけで相変わらず、きっと人は人なのだ。

縦的に折り重なった過去という歴史は、今を基準にして横的に展開しているに過ぎないということだろう。

その理屈の意味するところは、過去を生きた人の全てが、今という時間軸の中で私の周りの彼方此方に今日も生きているということだ。

過去に生きた人が、今なお私と共に生きている。

例えば、今日すれ違ったあの人は、きっと七代前のあの先祖で、隣の迷惑なあの人はきっと四代前のあの先祖だったりするに違いない。

時間が本当は虚ろなもので、実はその実体なんてものがまるで嘘っぱちであるとするなら、

その思念の行き着くところの真理とは、

所詮は、「私はあなたで、あなたは私」であるという気づき。

だから私は、私の墓標に斯く刻んで謎かける。

「さてさて、ここに眠るは一体誰なのでしょうか?」、と。

死とは、この世の「今」に止まれなくなることを言う。

それは同時に、現在、過去、未来という時間軸からの解放を意味する。

さて、人は死を迎えたそのあと、果たしてどうなってしまうのか。それについては、今はまだ語るまい。

だけどきっと、私という者(意識体)もあなたという者も、いつもどこかで生きていて、何度も何度も袖触れ合っているに違いない。

だからあなたとは、いつかまた何処かできっと出会えるさと、私は信じて生きて行く。

いつも私と出会ってくれてありがとうと、微笑みながら。

実はマスターの校友には、優秀な人が沢山います。その内の一人、S君。

公認会計士として日々ご活躍の彼ですが、最近になって短文ながら専門家ならではの観点からの情報発信を行ってくれてます。これが中々の能文で、勉強になるのです。

そんな彼からの最近の情報に、今年エマコーヒー開業15年目を迎えるマスターは、20年目まではしっかり頑張ろうと気を覇いたのでありました(^^)

(以下、彼のお話です。)

『生存率6%?

起業(脱サラ)して、10年後に残っている割合は約6%であるそうです。100社が起業して、10年後には6社しか残っていない勘定になります。

これが、20年後になると1%を切るようです。100社中かろうじて1社が残るようです。国民生活金融公庫の行員さんにこのことを確かめたら、「概ねそれぐらいでしょう。」と肯定されました。

零細企業が生き残るには、当たり前の事ですが、売上を上げることをもしくは確保することが大切です。売上高を上げることが、多くの問題を解決に導きます。

次に、利益率を確保することです。決して薄利多売の道を探らないことです。売上高を確保するために、値引きすることがありますが、利益率を確保することがとても重要です。

最後に、固定費をできる限り、最小限に抑えることです。この3つを重視することで、6%の生存者(社)になることの可能性が広がります。』

(言い古された言い回しにて恐縮ですが^^;)

1月、いく。

2月、にげる。

3月、さる。

の如く、2月も早後半です。

私事にて恐縮でしたが、今月の前半は、故郷八重山へ帰省すること六日間。

丁度一番の寒波の大阪を逃れて、南洋の初夏(うりずん)の陽光と風を身に纏い、ご先祖と共に過ごす十六日祭(じゅーるくにちさい)なる勤めを無事済ませて参りました。

るふさとにて、ほっと一息。

お客様にはご迷惑をおかけしましたが、良い休日を過ごすことが出来ました。

ありがとうございました(^^)

六日間の休みの遅れを取り戻すべく、後半頑張ります??

早速、本日「夜カフェ」。

夜の9時まで開けてます(^^)

2月の陽射しを浴びていて、ふと光の粒が見えた気がした。

眠気まなこを細めて見ると、それはなんだか粒というよりもあわあわとした流れのようでもあり、

どうもそいつが、凡ゆるの芯まで入り込み、せきたてているかのようであった。

とりわけ、それはたなつもの(草や木や種)との相性が良いようで、

枝葉も地面もそのawa(あわ)にほころぶ。

それもそのはず、光合成は植物の専売特許だ。

(光合成の効率だけを考えれば、植物は光を最も吸収する黒になるを選んだはずだ。

そうならなかったのは、光を独り占めしない為ではないか。

自然は常に、全体への配慮を伴って進化するのだ。

その一点からしても、進化論の嘘が知れる。)

「あ」は、凡ゆるの創(はじ)まり。「わ」は、完結を意味するので、光の粒のことを「あわひ(awai)」と呼ぼう。

「ひ」は、「陽」であり大和言葉では「魂」。

なので、野菜を食べることはこの「あわひ(光の粒)」、即ち、凡ゆるの基(もとい)を体に取り込むことを意味する。

結論。

春野菜は食べた方が絶対にいい。

*掲載の写真は、友人から頂いた写メです。

霧にむせぶ朝、今年も麹が届く。

エマではもうここ何年も麦味噌と米味噌は手前で仕込んでいる。

古来この国に於いて「たねもやし」と親しく呼称されながら和食の礎を築いてきたのが「麹」である。

麹の文化史を辿れば、この国の先人たちの眼力や職人技や審美眼がいかに神がかった領域を凌駕していたかを知れるのであるが、その話は措く。

霧にむせぶ朝に届けられた麹。

暦の上ではすでに大寒の候であるのだが、今年は冬と言えども空気が生ぬるく、なんだか妙だ。

なので、麹を仕込んでゲンの悪さを吹っ切ることにする。

取り敢えず、甘酒。

私の腸になるったけ、麹を仕込み免疫を高める。

よその国の変な菌になんか負けない体を作る。

日本古来の風土の持つ力で自助力を養うのだ。

昨日16日は、お義父さんの月命日。

新年のご挨拶にお墓詣りへと行く。

場所は伊勢湾までも道の開ける(見通せるとの意)鈴鹿の某所。

まだ明けきらない早朝に家を出て大正解。

快晴の空には、日の出と月の入りと、待っていたよと言わんばかりの飛行機雲の白十字。

お供えした御重とパンと赤福は、いずれもお義父さんの大好物。

もちろんその場でエマコーヒーも淹れて、ご先祖様共々朝餉のひと時。

その後は、道開きの神様(猿田彦)の座(おわ)す

椿大神社を参詣。

松下幸之助翁所縁の茶室でお茶のお点前をいただき、

最後は、片山温泉にて竹林を愛でながらの露店風呂を浴び心身緩めて、途中に逸(はぐ)れザルも目撃しながら帰阪しました。

湯のけむり 凍てる竹林 小正月

或いは、

湯けむりの 竹林に居たはず 猿田彦

今日のまかないは、

子供から大人、爺ちゃん婆ちゃんまで、皆んな大好き「お子ちゃま押し寿司」。

もちろん、非売品です(^^)

御堂筋を一張羅纏い赤ら顔した一群が、我が物と言わんばかりに闊歩する。

昨日閉店後に出かけた都心では、そこかしこで若者の華やぎを見かけた。

昨日は成人の日。

私もかつては若者であったが、だけど何を隠そう私は大層暗かった。

一人ぼっちで成人式へと向かい、古い友達の誘いも断って、一人孤独に帰途へと就いたあの日。

人と集ったり、つるんだり、華やぐことの一切に馴染めなかった当時の私を思い出して、しばし酸っぱい感傷に浸ってしまった。

他人の二十歳の気分のことなんぞ、終ぞ知らぬまま私も今ではオッさんとなったが、でも若者よ安心したまへ。こんな私でも今は生きることを楽しめている。

願わくば、これから歩む人生の山や谷に精一杯、真摯に当たってみてください。

それを振り返る時に、全てが感謝となりますよう。

君たちの火照る頬に冬の月

何かいいことありそうな、

今年の夜明け。

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