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Master's Voice

はじめちゃん、買うたどぉ(^o^)/

この間、君が「えいかつ君、試してみる?」言うてわざわざ持ってきてくれたVOXのアンプ「VX50-AG」。

もうこれねぇ、あん時アコギの音出した瞬間、びびっとおれは震えたねぇ。

噂には聞いてたけど、ノリタケ伊勢電子さん開発のNutube。これは画期的な発明品やで。

なんとも言えへんウォームな倍音を響かしとるし、ほんま心地のええ音や。

しかも消費電力がこれまでの真空管の僅か2%やて。

もひとつビックリすんのがこのアンプの重さやな。50Wの出力あんのに、なんと重量4キロや。おれが高校生の時持ってたELKのアンプな、重かったわ。

20キロ以上は確実にあったで。あんなもんチャリの荷台に乗せて、安治川超えてよう学校まで運んでたもんや。若い時は元気やけど、さすがに今そんなんしたら絶対こける。そんで腰いわす。

今度のヤツは老体には実にありがたいアンプや。

ボーカル用とギター用としっかり2チャンネルあるし、ボーカル側はキャノン端子やし、しかもファントム電源対応ときとる。もちろんEQもレンジが広いし、リバーブもついとる。

ギターチャンネルには嬉しいことにコーラスまでついてる。

エフェクトかけた音色はさらに秀逸や。

もひとつありがたいのは、ラインアウトまでしっかりあることや。しかもアンバランスや。これはライブやる者にはほんま重宝するねん。

これだけのスペック整えて、値段はなんと2万円ちょいやで。

もう驚きや!ええ時代になったもんや。

そやから、思わず買うてしもたわ。Amazonポチッ、や。

ちゃんとママには相談したで。そんなん勝手に買わへん(しばかれたらアカンし^^;;)。

マスター、村岡先生とオヤジバンドやってるやん。早速この木曜日、ライブの現場でつこうてみてん。

自分で言うのも何やけど、バッチリやったわ。

会場にすごい品のいいお婆様がいはったんやけどな、その人が最初から最後まで楽しそうに踊ってくれはってん。

あとで感想聞いたら、「わたし今日は楽しくて楽しくて。普段はヘルペスで痛い痛い言うて動くの嫌なんやけど、今日はそんなん忘れてしもて、もう心から楽しんだわ、ありがとう!」

言うてくれはって、こちらこそありがとうやったわ(^^)

あらためて、音楽はええ。

やっぱりライブはええなぁ。

こんな音場の臨場感は、やっぱり配信では伝わらんな。

結局演奏会って、時間と空間をみんなと共有出来る体験の場やねん。しかも一期一会や。

人生の荒波を歯ぁ食いしばって超えてきた方々が思い出の曲聞いて、微笑んだり、目ぇつぶって噛み締めたり、泣きはるねん。

そんなんその時その場所に一緒におればこその、ならでわの体験や。

ほんま、音楽やり続けてきて僕は今めっちゃしあわせや。

ごめんな。ちょっと感傷的になったけど、素晴らしいアンプを紹介してくれた北田君、ありがとう(^^)

おけげ様で特別な日になった。

この日の空には、何かがおったわ。


長引く今年の梅雨はいったいいつ明けるのだろうと、津々浦々に見る河川の氾濫の報道に胸を痛めながら、大阪の鈍色(にびいろ)の空を辟易しながら眺めた。

しかし、7月も押し迫った30日の夕刻の雷鳴は、梅雨明けを宣言するかのような大音声であった。

四季の表情豊かなこの国の梅雨の時期の雷鳴を伴う豪雨は、実は恵みなのである。

稲作を国のなりわいとしてきた瑞穂の国、日本。

6月までに田植えを終えて、梅雨の雨が田を潤す。

そして、梅雨の終わりに雷鳴を伴う雨が降り、夏の夕立ちにまた雷雨を浴びて、そして秋の稔りへとつながる。

昔から雷雨の多い年周りは豊穣になるという。

なので、カミナリのことを古来この国では、稲の妻と書いて「稲妻(イナヅマ)」と呼ぶ。

神社の鳥居や本殿やしめ縄にもよく見かける雷をかたどった白い紙=「紙垂(しで)」。

これは聖域を表すと同時に、祓い清めて魔を切って、そこに結界をつくる役目も担う。

この国の古人(いにしえびと)らは直感的に雷にはとてつもない浄化力が備わっていることを感じ取っていたのだ。

現代科学の知見を借りれば、雷という空のとてつもない放電現象は、空の水分に強力なイオン化作用をもたらすという。

水がイオン化するとは、H2Oが水酸基(OH -)とオキソニウムイオン(H3O†)とに分離されるということだ。

イオン化で起きている現象とは、分子レベルで水が細分化される(クラスターの崩壊)ので、水分子の浸透力と振動性が増し、プラス・マイナスの極性が極まり、極めて活性力の高い水となりその結果、この水は、

汚れを浄化し、

潤いを与え、

臭いを分解し、

漂白し、

そして生体の鮮度を還元することを可能とする。

まさに大地を浄化し、生命を護り育む御神水となるのである。

以上が「稲妻」のエビデンスだ。

今年は全国でけたたましく雨が降り続いた。

叩きつける雨もまた浄化作用といえる。

昔から流行性の感冒は梅雨を機に終息を迎える。

今年の長雨は厄介なウィルスを祓い清めようとしていたのかもしれない。

(被災された方々にはお見舞いを亡くなられた方には心からのお悔みを申し上げます。)

年頃の三姉妹がそれぞれに個性的で魅力的で、マスターはどの子を見ても、慕わしく愛おしい。

もうかれこれ10年ほど、この子たちの成長を見させていただいている。

で、先日久しぶりに会った一番上のお姉ちゃんの髪が随分と長くなっていた。

色を入れたり、パーマをするでもなく、また凝ったヘアスタイルを楽しむ風でもなく、その髪はあまりに素直に腰の近くまで真っ直ぐ伸びていた。

話を聞けば、その無垢な髪の毛の理由はヘアドネーションの為だと言う。

その一言を聞いただけで、マスターの涙腺は緩んでしまった。

その長さに至るまでのこの子のひたむきな心根を、その純真な優しさを、歳月のなかでこの髪は醸していたのだ。

美しいとはこういうことだ。

世の中の本質は与えることであると、おじさんは若い君から教えてもらいました。

写真に見える窓越しの空が、今日のこの日をお祝いしていますね(^^)

雨の月曜日。

Rainy Blue Monday.

But! エマにはお日様があるのである(^。^)

ふるさと八重山のティダを燦々と受けて育った九年母の実、シークァーサー。

予告通り、エマにてお目見えしております。

本日のケーキは、

『マスター実家の庭木の九年母ケーキ』です(^^)


マスターの同窓生、優秀で真面目な齊藤君のブログ記事を紹介します。

彼は昔から嘘をつく男ではない。

よって、極めて信頼性の高い記事である。

(以下、斎藤君のブログより)

ポリ袋は実はエコなんです。

これは、東京に本社のある清水化学工業株式会社さんのホームページに載ってある文面です。

1. ポリエチレンは理論上、発生するのは二酸化炭素と水、そして熱。ダイオキシンなどの有害物質は発生しない。

2. 石油精製時に(ポリ)エチレンは必然的にできるので、ポリエチレンを使用する方が資源の無駄がなく、エコ。ポリエチレンは石油をガソリン、重油等に精製した残り・余りもの。

3. ポリ袋は薄いので、資源使用量が少量で済む。

4. ポリ袋は見かけほどごみ問題にはならない。目に見えるごみの1%未満、自治体のごみのわずか0.4%。

5. 繰り返し使用のエコバッグより、都度使用ポリ袋は衛生的。

6. ポリ袋はリユース率が高い。例)レジ袋として使用した後ごみ袋として利用

7. 自治体によってはサーマルリサイクルし、ごみ焼却燃料になり、重油燃料の使用量がその分減少し、無駄とならない。総二酸化炭素排出量は、サーマルリサイクルしても、そうしない場合と大差ない。

8. ポリ袋は紙袋の70%のエネルギーで製造可能。

9. ポリ袋の輸送に必要なトラックの量は、紙袋の7分の1。

10. ポリ袋の製造に必要な水の量は、紙袋の25分の1。

11. ポリ袋は紙袋に比べ、ごみにしてもかさばらない。

12. 紙袋は再生できるものと再生できないものがある。ラミネート加工されているものや紐の種類によっては再生処理できない。

13. 紙袋は間伐材とはいえ森林資源を利用。

ウミガメの体内から、ポリ袋が出て死んでいるという情報は、私たちを錯覚させる。ウミガメの死因は、ポリ袋ではなかった。網にかかって、動けなくなって死亡した。死んでいるウミガメの体内に、ポリ袋があったという事実が一人歩きしている。本当に、レジ袋の有料化が環境に良くなるのか疑問ですし、「ホンマでっか」の武田邦彦先生が言っているように、環境庁の天下り先が増えるだけという説もあながち的外れではないかも知れない。


この春のアーサー採りに続き、うちの母がまた八重山の地元新聞に載っておる??

シークァーサー。八重山のクトゥバ(言葉)で「九年母(くねんぼ)」。

実家の庭木の九年母が昨年あたりからようやくたわわに成り出しました。

そして今日、その実がエマに届きました(^^)

明日あたりは、

『マスター実家の庭木九年母ケーキ』がお目見えするかも(^。^)

報われることを願わない。

ただひたむきに愛と信義の道を行く。

本当のスピリチュアルとは、神様が放っておかれない生き方をすることだ。

ただしそれは、世のメインストリームとは離れる道でもある。

人気(にんき)のない道だ。

お笑いがもて囃され、YouTuberがなりたい仕事ナンバーワンの時代。

ウケること、楽なこと、心地よいこと、享楽へのアイデアこそが人を魅了する。

人は自由に生きれば良い。

私も私が生きたいように生きている。人気のない道ながら。

泣いても笑っても刻一刻、時間は常に新しい。

年を重ねるたび、人も新しくなってゆける。

今日の新しい空が少し晴れあがってきた。

私の心の神様を照らしてください。


「若木会基金」について

エマの夫婦より、皆さまへ。

これは、あくまでも私たちエマ夫婦の個人的な思いに端を発している皆様へのお願いです。

事のあらましにつきましては先般、私個人のsns上にて掲載をさせていただいた通りです。

http://emacoffee.com/2020/06/23/%e7%9f%a5%e4%ba%ba%e3%81%ae%e3%81%93%e3%81%a8/

私たちエマの夫婦は、これまで数多くの方達との交流を重ねて参りました。

なんら気の利いた肩書きも持たない、財産があるでもない、そんな私たちですが、唯一、心ある人様との出会い、そのご縁だけは一等賞である、金持ち人生よりも人持ち人生であると自負をしております。

以下は、この度の一連の経過のすべてに関わっている私の妻の思いです。

『8年前に私の慕わしい後輩が亡くなり、そして今度はそのご主人が急逝されました。

今の私が置かれている状況の中でしみじみと永遠に続く親と子の情愛を深く味わい見つめています。

木が高く伸びている

木は生き生きとのびている

台風で枝や葉をもぎ取られることもあり

大雪で枝を折られることもある

それでも木は伸びていく

今後の子供の苦労を思う時、私に出来ることはその木を支えることだけなのです。

先立つこととなった親の心を思い偲ぶ時、この残された3人の子供を守りたいとの一念です。

ご存知の通り、私は簡単に人に頼む人間ではありません。

しかしこの今は謙虚にならざるを得ないのです。

私がどれほどの資産家であればよかっただろう、子供に贅沢をさせるとかではなく。

毎日、様々な整理ごとの手続きに関わり、ままならない現実に突き当たるたび、この子供たちを支える為の支援の手立てはないものかとマスターとも相談しながら協議を重ねて、今回、「若木会基金」として立ち上げることに致しました。

生きても死んでもみんな一緒にいると感じるのです。親の愛がそうさせていると私は信じているのです。

エマの人たちもすべて一緒です。

血のつながりではなく、「わたし」なのです。

私が神様に選ばれました。

私が親に託されました。』

心に強く思えど、私たち夫婦にはやはり限界があります。

そこで、私たちの思いに共感し賛同してくださる方に向け、この「若木会基金」のことをお知らせする次第です。

これからの子供たちの人生が親の心と共に花開き実を結び喜ぶことが出来ますよう、

そのことを祈りつつ少しでもお手伝いすることが私たち夫婦の使命です。

☆「若木会基金」支援の方法

ご支援を頂ける方は先ず、私、仲大盛永勝のメルアドまでメールにてご通知下さい。

確認後に私からご支援者様宛に振込口座(施主様本人個人名義の銀行口座となります)をお知らせするメールをお送り致します。

その後は、ご支援者様各自のタイミングにて支援金をお振込み下さい。

金額につきましては、それぞれの自由裁量にてお願い致します。

また、振り込み人様のお名前の書き込みに関しても記名・無記名は任意とさせていただきますが、「ワカギ」との記名をお願い致します。

尚、皆様からのご支援に対する子供たちからの返礼に関しては出来兼ねますことをご理解の上、ご支援いただけますようよろしくお願い申し上げます。

ご支援いただけます方は、下記仲大盛永勝の個人メールまでご連絡下さいませ。

emacoffee7@gmail.com

*ご賛同いただけそうなご友人やお知り合いがおられましたら、ご自由に拡散もしていただいて構いません。

三兄弟の為、出来る限りの支援の輪が広がりますことを念願しております。

自家焙煎珈琲笑間 

店主 仲大盛永勝

妻     雅美

慌ただしく日々を過ごしてます。

特に私の妻は側(はた)で見ていて、少し心配なくらい今は慌ただしい。

でも、妻は偉いと思う。

命を看取るということはそうそうある事ではないのだが、

逝く者と残される者との最後の刹那に立ち合って、両者の心を豊かに取り持って、強く優しく抱きつつ導いたのだと思う。

この人はなんと大きな翼を持っているのだろうと、僕は我が妻に感動した。

もうしばらくは残された3本の若木たちの面倒を見てあげて下さいな。

マスターなら大丈夫(^^)

勝手に飯食らってます。

一人で切り盛り出来ますので^_^

夕べの買い物の空の黄金(こがね)の羽は君の羽

今日は、抜けるような青空です。

今週は雨が続くとの予報であったと記憶するのだが、マスターの勘違いか、この晴れ間は想像だにしなかった。

実は、先週末に知人の訃報を受けとった。

その知人の奥様は、8年前に他界しており、以来、彼は残された幼い子供たち三人を男手ひとつで今日まで育ててきた、実に偉い男なのである。

彼の場合は、大手パン屋の配送業務担当であったから、昼夜を問わない激務であったはずで、なんのお洒落っ気もない彼の風貌からして、なりふり構わず働き通したのだろう。

あれは何年前だったか。一度何の前触れなくふらりとエマを訪ねてくれたことがあった。

他愛もない雑談を交わして最後になって彼が聞いてきたことが、「ところでマスターはどこで散髪してますか?マスターだったらお洒落な散髪屋に行っているんじゃないかと思って」、との質問。

その時は私の行き付けの理髪店の情報を伝えはしたが、その後彼がその店に行ったかまでは知らない。

彼の訃報に触れ今思い出す他愛もなかったこの会話。でもきっと、その時の彼の来訪の一番の目的がそれだったように思えてならない。

さて、その時の彼にあったお洒落をするに駆られた事情とは何だったのか?

今となってはマスターには計りようもないが、子供達にはもしかしたら思い当たることがあるかも知れない。

それは一番下の娘さんのことであったり、長男、次男の諸々に関わるものだったかもしれないのだが、いずれにせよきっと子供らに絡む何かであったに間違いあるまい。

母を失って8年間の子供らとの歳月には並々ならぬ労苦があったことであろう。

こちらが話しかけることにいつも言葉数少なく照れや苦笑いで答えていた温厚で善良で純心でロマンチストで出過ぎることの一切なかった優しい君。

頑強そうな体軀に見えたのに、突発性の難病に見舞われるなんて、そんなこと誰が想像出来たろう。

きっと本人が一番驚いている。

この8年の間に子供らは実に成長を遂げたものだ。

上の子は大学生となり今二十歳だ。

次男はこの春から就職して、職場ではとても可愛がられている様子。

長女は高校2年生となり、すらりと背が伸びて気品を兼ね備えた美しい娘さんになっていた。

ほぼ8年ぶりに会った子供らの見違えるほどの成長ぶりには圧倒される。

私たち夫婦にとって、君たちのお父さんお母さんとのご縁はかけがえのないものです。

なぜ巡り会えたのか。それらはすべて神様の采配によるもの。

だから僕たちはいつまでも君たちを見守る。

みんな素直な良い子たち。

君たちのご両親がそうであったように、神様への祈りと愛を持って君たちと付き合い続けたいと思う。

これからもよろしくお願いする。

今日、無事に葬儀を終えて、晴れ上がった空に両手をしっかりと合わせた。


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