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Master's Voice

春は小径を歩きませう
何気無い裏通りを行けば
地面の割れ目から
石垣の隙間から
垣根の上っ面から
小さな芽吹きの息づかいが

聞こえます
温(ぬる)む空気も

裏通りが風の道
春の上昇気流は足下から湧き立ち
小径の上の空の川へと
吹き上がる
微かな芽吹きの喜びの歌を
心に聞く春の裏通りです
春は小径を歩きませう

 

今年は結局花見らしい花見は出来ずじまいでした^^;
残念。
さくらさくらちりぬるも花筏
流転の水面を埋め尽くし
命果つるまで麗しゅう
流れ去り行くもまた再び
時充つる春に巡り会わん
ひとたびはサヨウナラ

 

「見る」という行為は、実は
「見られている」という前提があって
成立している行為なのではなかろうか?

雨の日、俯き加減に歩みながらも、
時折ふと気配を感じて
目を上げることがある。
存在はそれが、命を伴うものであれ、静物であれ、
そこに在ることを主張する。
だとすれば、その対象を私が見つけて「見た」のではなく、その対象によって私が「見られている」が故に気づかされて「見た」とは言えまいか?

そも存在は、存在せしめられた対象的立場なのであって、

絶対に存在の主体格にはなり得ない、

というのが根本原理だ。
私の物心は、

物心がついた時点で既に備えられていたのである。
故に私の眼差しは、

実のところ世界からの眼差しに基づいて
成り立つのである。

 

存在に宿るものへの感応体としての私。

 

この着想は存外大事なことで、
私は見られているから気付く、
問われているので考える、
託されているので行う。
それが私という存在が確定する基盤。
故に人よ、奢ることなかれ。
この世界には何ひとつとして私が自分勝手に所有して良いものなどなく、
全ては託され、問われているのである。

 

親愛なる従兄弟、高穂君へ

天高く穂を捧げて
まっすぐ懸命に生きた君は、
天の高誉(あまのたかほ)。
それが君が受くべき称号だ。

生まれつき心臓に疾患を持って生まれた君に、医者は、
「二十歳までは生きられまい」と残酷な宣告をした。
幼少の頃、確かに君は病弱だった。
左半身には麻痺もあり、
ぜいぜいと左足を引きずりながら息苦しそうに歩く姿が痛々しかった。
だけど君はよく笑った。
僕は君より1歳年上だったから、
おもちゃの扱いや遊び方は上手に教えてあげられた。
そんなこともあってか、
君は僕と会うことをいつも楽しみにしてくれていた。
「おおさかどおろ(大阪道路)のえいかっくん、えいかっくん」。
少し知恵の遅れた言葉遣いと障害を伴う発声で、君は僕を慕ってくれた。
君のお父さんもお母さんも優しい人だから、
休みの度に車で君を連れ出しては、思い出を急いでくれた。
少しずつ歳月は流れて行き、
君の趣味は電車とそして音楽を聴くことになっていった。
なぜか音楽の好みは僕と重なった。
特にインストルメンタルのエレキサウンドは、大の
お気に入りだった。
結局、君と遊んだのは僕が中学の時まで。
だけど、その後も君はよく生きた。
あの時の医者は嘘つきだった。
君は成人になってちゃんと仕事もこなし、その後30年も懸命に生きて暮らしを綴った。

いつだったか、数年前に君を訪ねたことがあったけれど、
体調不良で自室に引きこもっていたから、君には会えなかった。
叔父さん叔母さんに挨拶して玄関を出た時、
二階の窓を開けて君は顔を出してくれた。
そして、とても人懐っこい素敵な笑顔で手を振ってくれました。
その後、結局、会えず仕舞いで今日を迎える。
今日の君の遺影の写真は、
あの時の笑顔そのまんま。

。。。

昨年末の石垣島旅行以来、
体調不良による入退院を繰り返していたとは、聞いていたけれど、
まさか…。
時に人の死は、あまりに唐突で呆気ない。
ずっと側に付いていた叔母でさえ、その予期は難しかった。

健常な者には理解し得ない苦痛と常に向き合いながら、
君は懸命に生きて笑顔を見せていた。
しんどい時間を僕たちの何十倍も背負いながら
君は笑顔を絶やさなかった。

君の棺には、沢山の花と
鉄道の雑誌と懐かしいオレンジ電車の模型が収められた。
本当は君の好きなカセットテープも持たせてあげたかった。
せめて君のため鼻歌を歌います。
ところで、コーヒーは好きだったかな?
聞くのを忘れた。

享年53歳。
ありがとう天の高誉。
安らかに。

合掌

 

皆さん、
いよいよですねぇ(^^)
「何が?? 」は、
人それぞれ、いろいろですけど^^;
まぁあれです、差し迫っている年の瀬、師走。
やっぱ気分は駆け足です。
積み残しがいっぱいあります^^;
超貧乏超暇無しのマスターだす(借金取りからも逃げんといかんしね)^^;
何にしても不器用で何かにつけ健忘気味のマスターです(恥)。
目の前のことをドタンバタンとやりこなすしかありません>_<
サポートよろしくMy Honey!

直近は、12/22(金)の

『サバイバルランド クリスマスライブ』です!

今年32年の時を経て
復活したサバイバル!
今年最後のライブは、
「実験」という冠を付けた
チャレンジライブ。
なんとマスター、
エレキギターを弾きまくりますぜ??
そこんとこよろしくライブだ!

場所は、ココプラザしんおおさか
18:30開場
19:00開演
21:00終演予定
途中、お楽しみ抽選会もあります
(笑間賞、サバイバル賞、EF music賞あります!)。
入場料は、?2,000-.(小学生以下無料)
あと少しだけお席取れます。
皆さま、お楽しみに(^。^)

 

 

この川の流れは
あの山の一雫

木立の先よりポタリと落ちた
いつかの朝露

陽の差す街は
今日も熱い坩堝となってたぎり
暮れてゆく

街の毒気も喧騒も破廉恥も酔狂も虚無も
知らぬ間に雲は沸き立ち蒸気と化して
山へと還ることでしょう

この川の流れは
あの山の一雫

 

ご報告が遅くなりましたが、
ゴールの若狭恵比須神社様に無事到着致しました(^^)
マスター、ママ共すこぶる元気です(^^)/

 
今回の「第3回勝手に鯖街道お礼参りマラソン(若狭お陰様マラソン)」ですが、
神輿納めの儀、という意味を担いで走りました。
若狭とのご縁を戴いて早3年を超えたでしょうか。
福井〜門真と往き来を繰り返しながら、
様々にご縁を紡ぎつつ
喜ばしく愉しい広がりを遂げて参りました。
これまで私たちと快く関わって下さいました皆様に心から感謝を申し上げます。

 
さて、ここいらで一旦、
若狭わっしょい神輿はお蔵に納めることといたしましょう。
勿論、若狭や敦賀にて繋がった素敵な友人達とはこれからも変わらず交誼を育んで参ります。
ただ笑間としての催しは
一旦お休みを頂きます。
ひとたびはお暇となりますが、
またいつかそのうちに(^^)

 

わっしょいの「わ」は、
歓びと感動と感激の「わ!」、
転がり広がる輪っかの「わ!」、
愛と平和と和みの「わ!」、
日本人の心、和を持って尊しとなすの「わ!」。

 

わっしょいの心は永遠に不滅です!

 

清々しいお天気の本日、
無事12周年を迎えました(o^^o)
ありがとうございます!

笑間珈琲 仲大盛永勝

督子

 

 

 

 

暦の上では、今日は立冬ですが、
このところたいへん穏やかな天気が続いております(^^)
町の散策にはうってつけの日和。
晩秋。

紅(くれない)の目深(まぶか)より
懐かし旋律聞くような
心楽しめ
冬の庵(いおり)の支度せん

お陰様で笑間も今月で開業12周年となりました。
これを機にロゴマークを新調してみました。
そも、うちの屋号「笑間」ですが、
マスターの名前「えいかつ(永勝)」の「え」とママの名前「まさこ(督子)の「ま」を引っ付け合わせて、
「え+ま」で、「エマ」としました。
そこへ当て字に「笑」と「間」の漢字を持ってきて
「笑顔のあふれる美空間」との意味付けを致しました。
「大切な人と切り盛りする小さな喫茶店」。
これは我が胸に常に掲げる小さな思いですが、
大切な人とは、店主にとっては妻であり、

妻にとっては店主です。
夫婦が織りなす美のコンビネーションこそが

この店の強みであり魅力であると考えております。

さて、新しいロゴマークですが、

その全貌は開業記念日の11月10日に発表致します。

乞うご期待!

その前にその意味合いだけ解説しておきます。
(少々堅苦しい文章になりますが^^;)

実は「笑間」と言う言葉の中に

開業当初のコンセプトが全て詰まっております。
「笑」の字は、喜びを表す文字であり光そのものを表します。
「間」は文字通り私たちが過ごす場のことです。
本来この世の凡ゆる物事は、喜びを形にするために創(はじ)まります。
はじまりはいつも不安と期待のないまぜですが、
胸の内では希望を燦々と輝かせています。
その希望の光を動機として具体的な空間創りが始まります。
それこそこの宇宙の創生が始まったとされる138億年前。
ビッグバンと言われる超高エネルギーの光の出現を起点として
宇宙の歴史は始まりました。
宇宙の凡ゆる事象が秩序立って構築されている事実を鑑みるに、
物事の背後には明瞭な意思(意識)の力が働いていると
マスターは推察するのです。
そしてその全ての創まりにあったであろう意思とは、
喜びを分かち合おうと願う抑えることの出来ない情的な衝動ではなかったかと。
その情動や情熱が強烈な光となって現れて全てが創まった。
縦軸に沿って降りてきた↓光↓がビッグバンを機に横軸を派生させ
→空間→のふるまいが始まります。
そしていまだに空間は広がり続けているそうです。
笑の字の右の払いが長いのは
そのことを意味しています。
時の経過は空間においての変転流転の作用を繰り返し、
ついには私たちの住まう地球が誕生します。
右の払いに乗っかる3つの珈琲豆は、
E M A を描くと同時に
光と水と大地(緑)、

すなわち生命の芽生える三要素を表し、
私たちが住まう奇跡の星地球を象徴します。
そしてそこに私たち人間が生まれました。
人は何人といえども幸福になりたいもの。
その目的の為に、
時を過ごし、空間を築き、仲間を求めます。
人の生きる動機は喜びです。
そして喜びの本質は分かち合いです。
愛しあうこと、ゆるしあうこと、みとめあうこと。
それらをお互いの笑顔の為に学び合うのが人の道。
その道を力強く歩んで
最後には笑顔の人となって
喜びの冠を被して戴けるように頑張る。
そのことを「間」に表しました。

「笑顔のあふれる時間空間仲間たちの集う場所」。
それが開業当初からの笑間の変わらぬ思いです。
その為に、今日も美味しい珈琲と

美味しい食べ物をご用意致しております。
成熟して行く魅力的な人たちとの集いの場として

これからもご利用下さいませ。

 

 

【以下は、開業当初の日記より】
「時間の始まる以前の世界

形の定まる以前の世界

創世以前の世界のことを

時間と形に制約されてしまった私には

想像することすら出来ないけれど

そこにはきっと

熱い熱い想いがとうとうと

溢れ流れていたことでしょう

愛し 支えあうことを 通じて

喜びを 分ち合おうとする

おさえることのできない 情的衝動

その情動こそが

全ての出発点にあった核心ではなかろうか

あらゆる命はそこから訪ずれる

遠い昔に 喜びを動機として繋がり合っていた命

 

だからこそ
出会えたあなたが懐かしい

出会えたあなたにありがとう 」
店主 仲大盛永勝
妻 仲大盛督子

 

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