1 / 7712345...102030...最後 »

Master's Voice

伝わる言葉が見つからなくて
僕はいつも苦しんでいるのです。
伝わる言葉を探しあぐねて
僕の頭は逡巡する。

人。その膨大で圧倒的なる者と
僕はいつも心細る思いで向き合い付き合う。

だけと、決して諦めないよう、逃げないよう。
まだ見ぬ万個の言葉が霧の向こうにたゆたう。

掬い上げる僕の手のひらに微動だにしない心の言葉が残るよう。
それを伝えられますよう。

思索の旅は、祈りの旅路。

?

寝言。
人は何故寝ながらに語るのか。
寝言の生命科学とは?
脳科学の最新の知見を是非知りたいものだ。
で、寝言である。
寝言の頻度は人それぞれでしょうが、うちのママの寝言を結構耳にする。
いちいち覚えてないことが多いが、ここ最近で一番面白かったのは、
「デストロイヤーマスクしたらええねん」というもの。
グッときたのは、
「あっという間やね、人生は」。
迷言、名言、夢の中でもママに交々に楽しませていただいている。
今朝の寝言なんぞは、
「私らが南あわじに行って、トランプの為に投票せなアカン」というもの。
その件はマスターも支持するけど、政治や社会、世界の問題まで、ママは寝ても覚めても、心配事が多いのね。
おー、もっとゆっくりと休ませてあげたいけれど、
これってどうすればいいのだろうね^^;

?

今日は朝から荒れ模様の天気。
風は渦巻き雨も叩きつけ、ここ門真も寒い。
気が付けば、暦は寒の入り。
世情の憂さに鬱々しつつも
空の合間には光が漏れくる。
嵐が過ぎれば虹の向こうにきっと鳳凰が舞う。

?

我が盟友谷くんの歌声を久しぶりに聞いた、しかも新曲で。
とてもいい歌。ジンときた。

僕の勝手な印象ですが、谷くんは、昔から人と社会の節目節目に関わるところのある人で、
そっと寄り添ってはいい仕事をいつもする。
ややこしいこともついつい言いやがるけど、その心根にはいつも優しさと愛がある奴なのだ。
今回の新曲にはそれが溢れています。
本当いい歌だ。
その優しさと愛に向かうひたむきさの中に、
僕は英五さんの遺伝子を読み取る。なのでいっそう感慨深い。

来年はどうなるか見通しは見えないけど、取り敢えず僕は頑張ってます。
山のように海のようにまだまだ大きく、
菊のように桜のようにまだまだ美しく、成長します♪
また一緒にステージに立てるよう^ ^

今宵は、親のない子と子のない大人とのクリスマスパーティ。
だけど悲壮さなんて欠片もない。
なぜなら、ご馳走がどれも美味しいし、青年たちの語る未来は愉しみに満ちているから。
ローストビーフ、玉ねぎスープ、ピザ、ポテトサラダ、サーモンの握り、雪ん子ちゃんのいなり寿司にカップケーキ。
こういう日だからこそ、敢えて店屋物は一切なし。
若者の胃袋を満たして余りあるすべてママの手作り尽くしでした^ ^
食った、笑った、未来を語った。
若者よキリストにあって大志を抱けよ!
Merry Christmas & Happy new year!

昨日、冬至。
陽の陰りのピークが閾値となり、
次昇る陽は、時間にして約90秒長くなる。
降り注ぐ光のエネルギーにも満ち欠け。

吹き荒れる寒波の空にも陽の光。
冴え渡る冬至の空には願い事。
一陽来復。
すべての人に笑顔の明日を。

?

昨日はお別れをして来たのでした。マスターが幼少期から青年期を過ごした場所にです。

マスターは生まれこそ石垣島ですが、物心がついたのは大阪市内の此花区でした。それは父が身内をたよってのこと。時は1965年。
それこそ、沖縄からの渡航にはまだパスポートが必要で、為替もドル建ての時代。父、33歳の一大決心。
身内の家での仮住まいを経て、狭小ではあるが一軒家を構えたのは、父35歳の時。父ちゃん頑張ったんだね!
その後、この場所をホームグラウンドにマスターは二十歳を過ぎるまで暮らしました。
家を出てその後は、あまり寄り付かなくなってしまいましたが。

1970年初頭から昭和の激動期を過ごしたこの場所。
この土地には、これまでの家族の暮らしぶりが、私たちの悲喜交交が深々と刻まれている。
私が家族とともに慣れ親しみ苦楽を共にし成長してきた、麗しき懐かしきこの場所。
今や時は半世紀を過ぎ、父も亡くなり、残された者たちも皆ここを離れてそれぞれの持ち場に移り住み、暮らしに励んでいる。
その来し方を振り返る時、わがままや身勝手に染まり数多くの諍いもありはしたが、しかし、そこににあったものは懸命に暮らしに勤しんだ家族一人一人の真摯な生き様。
振り返ればこの場所には、いつも尊い何かが、懸命に生きる者たちを見過ごすことの出来ない何者かが守り励まし導いてくれていたことだろう。
なのでその存在に、今日までのご加護に、感謝を申し上げてきた次第です。

良くも悪くも人と人との交わり、それこそが人生の宝であり生きる意味であることは、この歳になればこそ骨身で分かる事実ですが、その原点は家族でした。
人が集い、風景が広がり、生き様が映し出され刻まれて行く場所、それが我が家。
その家族の原点に、昨日お別れを告げてきました。

今日までの家族の歩みの全てを大いなるその者の御手に委ねて、その者の御意のままにお受けいただき、
そしてここからまた新たな人の活動が始まるのであれば、その大いなる存在の意思に叶う者たちの歩みとして始まりますように。
国と力と栄とが限りなく汝のものとして始まりますように、
これからもこの地を鎮め治めて下さい。
             祈 

朝まだきの散歩道
ここよここよと
ひと時の静けさに声を聴く
足下には落ち葉の絨毯
風にめくられ
そこには愛らしい木ノ実たちだ。

冷え込む朝に眠っていた
暖かい光景。
帰ったら熱い珈琲をいただこう。

残り僅かな年の瀬。
心の庵(いおり)並べて手をかざしあって、温め合いましょ。

今日の晩秋の日和がとても美しく清々しいのは、天の祝福。
と言うのも、今日は大切な人のお誕生日でしたので、
私はその祝福の故に、とても嬉しいのです。
年嵩はこれからますます積み上がる二人ですが、
二人歩きの愉しみはこれからますます増し加わることでしょう。
出逢いこそが奇跡なのだと、この人の故に私は確信するのです。
寄り添っていただけることに感謝を申し上げます。

1 / 7712345...102030...最後 »