Master's Voice

何かいいことありそうな、

今年の夜明け。

新年明けましておめでとうございます。

旧年中はたいへんお世話になりました。

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

尚、エマコーヒーは14日(土)からの営業となります。

皆さま、佳いお正月をお過ごしくださいませ(^^)

こう見えて、エマは、この世の繁盛店と言う部類には全く属さない店ではある。

と言うか、そもそもこの世の慣わしにはそぐわない人間(当主)が営んでいるのであるからして、当の店主の投影としての実情が反映されているに過ぎない。

この地に暖簾を提げて14年歩み来たとは言え、日々の売り上げは未だに4桁に止まり、貸借は今以て8桁の負債を抱え、還暦は容赦なく迫り、しかし年金はすでに受給資格は無く、健康と体力の維持にのみ頼み100歳現役を標榜し、それを真剣に模索している始末である。

まともな神経の生活者であればとっくに音を上げているのかもしれない。

残念ながら、自分は商売の才覚や運には恵まれていないようである。

若い頃は、こんな自分の生活者としての体たらくに絶望もし打ちのめされもし地の底に這いつくばって凍えていたものである。

(我、寒いか?ああ、寒い。)

だけど今の私には、そんな私の無能ぶりを知りながらもいつもそばで暖めほぐし続けてくれる人がいる。

この世に救いがあるとするならば、それは身近な人のぬくもりであり、その人の献身的な支えに他ならない。

今日22日は、冬至。

陽の陰りのピークが今日をもって閾値となり、

明朝昇る陽は、今日よりも時間にして約130秒、長くなる。

降り注ぐエネルギーにも満ち欠けがあるのだ。

吹き荒れる寒波の空にも陽の光。

冬至の夕空よ、大切な願い事をひとつ叶えてはくれまいか。

もしも救い主がまことに来臨されるのであるならば、願わくば私の大切な人のところに臨んで下さいますよう。

そしてどうぞ、

スベテノヒトニエガオノアシタヲ。

道具よ道具。

人が己が想像力を掻き立て、知力を駆使して創りあげたる物よ。

そのフォルムの美しさは汝の卓越した美意識を宿す。

人はその道具をして更なる地平へと踏み出し続けるのだ。

願わくば、心ある者の道具が心ある者へと行き渡り、

人々の暮らしが彩りと潤いで満たされますよう。

(素敵な手作りのドリップ台をいただきました。

ありがとうございます^ ^

「この手のケロイドはね、子供の頃の霜焼けの名残りなんよ」。

その人の霜焼けは骨がさらけるほど酷かったらしく、

両手両足を包帯でぐるぐる巻きにされて、毎日乳母車で押されて、教室ではノートを取ることもママならなかったが、それでも毎日学校へは欠かさず通ったという。

そんな日々を3年ほど過ごした結果、試験なんか誰が書いてやるものかとその意地から回答用紙の白紙提出を中学を終えるまで貫いて、結果、高校へは上がれず、求職した会社にも試験があって勿論白紙で提出して不合格となり、

已む無く親族の営む縫製会社に拾ってもらい、無口で人嫌い、口にする言葉は文句だけという青春時代を過ごし来たそうな。

そんなこの人のお母さんが、この子には何か信仰を持たさなければえらいことになると心配して方々連れ回ったらしいが、神仏何ぞに勿論心を開かず、お布施なんかドブに落ちた1円でさえしてたまるかと罵る始末。

そんなこの人が、熱心なキリストの伝道師となって60年。今や傘寿の齢を過ぎて、いまだ欠かさず通って下さる。

今日、その方の問わず語りに耳を傾けながら、

どんな人にも人生の曲がりくねった道行きにとっておきの物語りが潜むことを思う。

その方の根に張る徹底したその強情さにも神の愛。その縁(えにし)に導かれし人生は、やはりしあわせであったことであろう。

私も主を賛美致します。

令和元年も年の瀬。

街角にはクリスマスソング。もちろんエマ店内にも多少はホーリーな装い^ ^

世の中の景気のことはよくは分かりませんが、エマは変わらずに町外れの小さなともしびを提げながら、

世の平和な団欒を祈っているのでありました。

本日より、

『青いテントのエマコーヒー』。

所用で三日間留守にしておりました。

勝手申しまして、お客様には大変ご迷惑をお掛け致しました。

さて、お休みの間にエマのテントが衣替えとなりました。

実は、今年に入ってエマの庇のテントに4トントラックが接触すること都合3回。

いずれも物損事故として処理出来ましたので、相手方の保険で補修が出来たのは良かったのですが、

さすがにこうも立て続けにぶつけられたのでは家がガタついてもたない>_<

なので、庇の出幅を10センチ引っ込めました。

合わせて色目も、赤は相手に「いてまえ!」と思わせる攻撃色なので、冷静沈着をもたらす青に変えました。

ですので、「赤いテント」改め、今後は「青いテントのエマコーヒー」でお見知り置き下さいませ。

(ミンサー柄も入れてるさぁ~(^^))

エマの新しいお顔を見に来て下さいね!

南国生まれ、大阪育ちのマスターですので、結構寒がりです。

だけど、夏よりも冬が好きです。

冬の凛と張り詰めた空気を心地よく感じます。

或いは、冷気に晒された身体が、ポカポカのお部屋でぬるんで行く時、なんだかしあわせです。

これまで、降雪地帯での生活体験が皆無のマスター。

いつかそのうち、かまくら(雪洞)を体験してみたいと

思い焦がれています。

きのう見つけたかまくらの模型にサンタさんとスノーマンを待機させてみました(^^)

「かまくら珈琲喫茶営業中」

そんなのやってみたい!

ここ大阪もだいぶと冷え込んでまいりました。

皆さまお体ご自愛くださいませ。

★エマコーヒーは、明日より三連休をいただきます。

ご了承のほどよろしくお願い致します。

財力は人の血液。

必要なものだし、出来れば潤沢に頂きたい。

僕たちの暮らしぶりは今、最貧の部類に属しているのだろうか?

上を見ても下を見てもキリがない。

日々の僕らの取り組みがお金を産んでいないからといって、

それはそんなに嘆くことなのだろうか?

大切なことは日々の生き様であり理念だろうと思っている。

そんな頭だけの話にはうんざりな人も世の中には多いことだろう。

でも僕はやはり思う。

今やっている自分の取り組みから何を学び、

何を自分の成長の糧にしていくのか。

僕の頭の中の意識と関心はいつもそこにある。

財力とは、そんな私の生き様の結果だ。

僕の生き方の軸足が商いに向いていないことは痛感しているのだが、決して商売から逃げてる訳ではない。

今日も私の小さな一歩。

心尽くしの小さな一歩。

歴史に埋もれるささやかな歩幅。

けれど、いつしかその一歩にも花一輪、

咲く日が来ることもあるやもしれぬと、

それが私のささやかな信心。

そもそもの天体観測の起こりは羊飼いたちからであったと、そんな一文を読む。

まだ街の灯りなんぞこれっぽっちもない時代の

広大な平原を羊の群れを連れて旅をした羊飼いたちが、

毎夜見上げた天空の無数のきらめきは、

今の時代の僕たちの頭上にも相変わらずにまたたいているのだ。

時代はくだり、文明は栄え、

今では都会の夜空は明るく狭く、

ようやく一等星位しか見えぬ程に街は今宵も活況だ。

実を言うと、今日はプラネタリウムを鑑賞してきました。

通天閣を南に天井のドームに映し出された大阪の街は明かりが邪魔して星がよく見えないからと、

一度目を閉じてゆっくり5カウントの後、さぁ皆さん目を開けて下さいとのアナウンスに促されて目を開けたその刹那、

不覚にも涙がこぼれた。

文明は栄えたけれど星空を失った人類の孤独や身勝手もまた悠久なる時間の一こま。

所詮は僕たちもまた星の数の散らばりに過ぎない。