Master's Voice

人生最後の食事にあなたが食べたいものは何ですか?と問われたら、

マスターは迷わず「ママの塩むすび(おにぎり)!」と答えます^ ^

その絶妙な塩加減と握り加減。

決して固くもなく、緩くもなく、口の中で絶妙にほどけゆく握り加減。この優しさと揺るぎなさの信頼感。その名も「お結び」^ ^

母ちゃんが、両の手を重ねて胸の前で印を結ぶその様は、自ずと祈りを宿すことでしょう。

大和言葉で紐解くなら、

「ムスビ」というオン(音)には「産霊」や「産巣日」との当て字がなされます。

ムスビのビは、霊(魂)=タマシヒ(イ)のヒであり、日の光のヒでもあるのです。

更に申せば、両の手に塩と水を盛り、そこに飯(いい=米)が加われば、それはそれは神聖な供え物ともなります。

塩と水の合一は血潮を意味します。

米の字面は光が八方へ向かう様そのまんまです。

本日の結論。

母の血潮で握り込められた祈りを宿す食べ物がおむすび。

母の心は天の願いとして食らう者の体に宿り、地の八方へと届けられることでしょう。

故に、

母よ、子らにおむすびを!

(秋晴れのもとの国民行事、運動会も今年は軒並み中止。

昔はお重箱にかぁちゃんの握り飯とちょっと豪勢なおかずが華やいでました。

近頃はもしかしてコンビニ弁当や宅配弁当が主流だったりするのかなぁ。

時代とともにお袋の味も変わっていくのは仕方ないけど、マスターは最後までママの握り飯で^ ^)

お彼岸も明けて、空模様も気温も日長もすっかり秋めいてまいりました。
この季節はやはりご飯が美味い^ ^
前にも書きましたが、エマのお米は若狭の篤農家杉田さんが極力農薬や化学肥料を使わずに育てた特等の愛情米です。
なのでひときわ美味しい!
そのせっかくの杉田さんの愛情米のポテンシャルを最大限に引き出す為にも、マスターは毎度毎度土鍋焚きにこだわるのです。
もちろん精米も毎回焚く直前に行います。
かつ少しでも栄養価を残す意味で8分づきにします。
ついでなので、マスターの土鍋焚きの手順を特別に公開いたしましょう。

1.杉田米を玄米で525グラム(3合)を正確に測ります。
2.精米機にて8分づきにします。
3.水道水で軽く優しく3回ほど洗米します。(とぎ汁は花木にあげる)
4.洗い米を土鍋に移し、630cc(525×1.2)の水を加えます。
5.土鍋を冷蔵庫の中で約1時間寝かせます。
6.土鍋をコンロにのせて最大の強火にかけます。
7.うちの場合はだいたい10分前後で沸騰してきます。
8.沸騰したらすぐに火力を螢火(最小の火力)に落として、タイマーで6分間計ります。
9.6分経ったら火を消し、15分間蒸らします。
10.美味しいお米が焚き上がります。

以上が、マスターの土鍋焚きの手順です。
不思議ですが、ご飯は焚きはじめの水温の違いで味も違ってきます。
10度〜15度くらいが良い塩梅に思います。皆さん一度お試しください。

マスターの生まれた1963年を境に、合成洗剤の生産量が固形石鹸(純石鹸)を追い抜いたそうです。
マスターの子供の頃は、どこのお家の排水からも白い泡がモコモコ景気良く膨らんで時折り風に舞い飛んでは子供心を喜ばせてくれました。
高速道路、新幹線、オリンピックに万博と、経済の高度成長は人口を都会に呼び集め、電気洗濯機をはじめ電化製品が飛ぶように売れた時代です。
新しい時代の新しい暮らしに私たちが浮かれていた裏側で、空気は汚れ河川は濁り生き物たちの受難の時代が始まりました。
ご地域のお年寄りの話ですが、「わしらが若い時分はここから大阪城も淀川の土手もよう見えてなぁ、この辺も水路があって小舟でよう行き来しとったんや。あさりにタニシに小エビに、そうそう、ヒルを餌にしてウナギもよう釣れてなぁ、それ売りに行っては小遣いにしてたわ。でもな、淀川があかんようなったんは昭和30年の後半くらいからやな。そらあんだけ洗剤やらゴミたれ流しとったらアカンわな。」
水質汚染の主な原因が生活排水であることを証言して下さいました。
時代はくだって便利のあふれる時代となりました。
しかし、今や2人に1人が癌で亡くなり、原因不明の病気が蔓延し、アトピーや極度のアレルギーに苦しむ子供たちが後を絶ちません。
最近では、化学物質過敏症や香害に苦しむ人も増えていると聞きます。
添加物(化学薬品)にも経皮毒(界面活性剤)にもマイクロビーズ(コスメ)にもマイクロカプセルの香害(柔軟剤)にも、これまで利便性にかまけて目をつむってきた結果が、体の難題となって降りかかってきているのではないでしょうか?
体の実に6割を占める水。
あらゆる生命現象は水溶液の中でしか起こりません。
水が狂うと命が狂う、と考えるのは極端でしょうか。
マスターはそのことを検証する意味でも今、水と向き合うのです。

夕暮れ影伸びて 餉の馨(けのか)華やぐ我が家哉

秋の愉しみは食卓だ。

米もいよいよ新ものが届いた。

今年は天候不順や流行り病はあるにしても、日本の津々浦々には真面目で誠実なお百姓さんがほんとたくさんいてくれて、

この秋もお陰様で我々は無事に美食を堪能する。

作り手から作り手へ

このタナツモノたちを

命のバトンは精一杯丁寧に

申し送られ今日の我が家の食卓が護られる。

そして母ちゃんのメシのうまさのありがたさ。

巌の上に建てし我が幕屋の夕餉ぞ楽し。

〈この新米は、御食国(みけつくに)若狭から。生産者さんは若狭の食番人・杉田寿男さん。今年もありがとうございます^ ^〉

自分より若い人の訃報を聞くのは辛い。

その人が好印象の人であったから、なおのことだ。

突然の訃報に接し、その人物の在りし日の闊達な笑顔や笑い声が一瞬脳裏に立ち昇るが故の静寂の深さが、いたたまれなかったりする。

その静寂の中でひと時、天空を仰いでみた。

煌々と輝く今宵の月と星に何故かほっとした。

静寂に見上げる小さな光芒にささやかな言葉が聞こえるようだった。

天空には音楽が流れている。

見えずとも無数の星々はそれぞれの運動と振動を音として発しながら、宇宙は完璧なハーモニーを奏でているに違いない。

そんな音に耳を澄ませながら言葉を追う。

いずれ懐かしこの肉体も

土に還るときがくるのだから

出会えた奇跡胸に刻むのだ

力強く抱きしめ合おう

いずれめでたきこの魂も

空へ昇るときがくるのだから

めぐる命を寿(ことほ)ぎ合うのだ

生きてゆく日々をともに祝おう

力強く手をとりあおう

今日のような空を眺めていると、空では毎日、神々しい出来事が起きているに違いない。

遠い昔に天から投げ落とされたと聞く年老いた蛇は、今もって巧みな二枚舌で人をそそのかしつづけ、混乱のタネを撒いては悦に入る。

なので僕は出来る限り空を見上げることにする。

「地の戯言(ざれごと)は地に任すがよい」

天の教えは、人にも自然にもただ優しくあれと語る。

本当の生きる価値を大切な人と分かち合いたい。

ただそう願う。

岩雲は砂雲へ相は移ろう。

もうすぐ3才になる姪っ子がとても愛らしい。

稚児のありのままの心のきらめきにいつも感動をいただきます。

見るもの触れるものの鮮やかさをその小さな体全部で受けとめてキャッキャとはしゃぐその姿は、思わず涙ぐむくらい神聖です(マスターも確かに年老いた、このところ涙もろい^^;)。

願わくば、その三つ子の魂そのままに、成長してほしい。

先日はその姪っ子と童心に帰って水遊び^ ^

夏の終わりの水遊び。

プリズムの虹をつかまえては手渡しに来てくれる姪っ子よ。

叔父さんは君には最高の宝物を贈ってあげたいのだ。

差し当たってはエマの聖水で思う存分楽しんでほしい^ ^

君たちの暮らしを守り、命を守ることを大人として真剣に考え取り組んで行きたいと思います。


うちの製氷機が突然デッドなことになったのは昨夏のこと(^^;

すでに15年以上は使い古したと思しき業務用の製氷機でしたが、予算の都合もあってのお店オープン時のやむない導入でした。

さすがに30年はもたなかったですね。

それ以後は、タッパーに水をため冷凍庫で製氷し、マスターが毎日アイスピックでカチ割り、製造しております(^^;

エマの場合はマスターこだわりのイオン水氷です^ ^

お陰様で以前の製氷機のものより氷を美味しく感じます。

氷まで美味しいエマのアイスコーヒー。

是非、飲みに来て下さいませ(^。^)

門真市の町外れで、家内と二人で切り盛りする小さな小さな喫茶店、それがエマコーヒーです。

マスターの細腕は決して商い向きとは言い難いけれど、この場所で育んでいただき、お陰さまで15年となります。

吹けば飛びそな個人店ですが、昨年末より生意気にも「働き方改革」を導入しようということで、月に一度連休を取るようにしています。

経営的には休みを取ってる場合でもないのですが(^^;)、

人生の価値と向き合うとき、人には充実した時間の創造が大切と歳を取るにつれとみに思うこの頃です^ ^

なので、この水・木に連休をいただき小旅行へ行って参りました(*^^*)

神戸を起点に京都で宿をとり、あっという間の2日間でしたが、とても充実感のあるよい旅でした。

さて、旅先でもマスターは使う水に拘ります。

旅先のお宿のシャワーヘッドを持参のものと変換して、シャワーにも飲み水にもいつもの黄金水が使える安心としあわせ。

持参したエマコーヒーも美味しくなにものにも変えがたい旅となりました(^^)

1990年代初頭。東京都内某所で一人暮らしをしていたことがありました。畳敷き6畳一間のボロアパート。

若かったあの頃。金もなし、時間もなし。自炊もこなし、掃除に洗濯。暮らしに追われる日々でした。

マスターが一番苦手としていたのが、アイロン掛け(^^;

これは不器用でした。

一応、ネクタイ締めてホワイトカラーを気取ったこともありますが、まぁアイロン掛けには手こずりました。

なので、ママのアイロン掛けを見ていると、お見事です^ ^

「当たり前やん。アイロン掛けやってもう50年以上やで。」

子供の頃からせっせっとやってたらしい。

筋金入りやん!

ママの手元にイオン水スプレー。吹きかけては今日もせっせっとシワ伸ばし。

わたる世間に恥じないように、母の心でシワ伸ばし。