Master's Voice

4月2日(月)

喫茶文化を継承する門真元町の純喫茶、エマコーヒー発行のアナログ新聞、エマ通信

【4月13日は喫茶店の日】

世の中は、毎日が記念日であふれていますが、

ご多分に洩れず「喫茶店の日」なんてのもちゃんとあるのです。

時は、1888年(明治21年)4月13日。

東京、上野に日本初の喫茶店。

その名も「可否茶館」なる店がオープンしたと、

当時の読売新聞に開業案内広告が掲載されているのを根拠に、

この4月13日が日本で初めて喫茶店が出来た日として、

公式に認定されているようです。なんでも、1階がビリヤード場、

2階が喫茶室という洋館で、当時、1杯2銭の牛乳よりも安い1銭5厘で

可否(コーヒー)が提供されていたということです。

この店は、文化サロンとして、当時のハイカラな人々が集まったようですが、

わずか5年で閉店してしまいました。

ところで、可否茶館開店を遡ること10年前の明治11年12月26日付け

読売新聞に、「焦製飲料コフィー、弊店にて御飲用あるいは粉にしてお求め云々…」

との広告があるらしく、これが事実なら、記録上確認可能な最初の喫茶店は、

実は、「可否茶館」ではないことになります。

この最初のコフィー広告を出した店が、神戸の元町で今も営業なさってる、

茶商「放香堂」さんだということです。

 

コーヒーの輸入が始まった時期についての明確な記録は残っていないらしく、

しかし、少なくとも、江戸の元禄(1688ー1703)の頃には飲まれていたらしい。

きっと最初は、日本人の口にはさぞかし苦々しくて顔を歪める代物であったことでしょう。

本格的な普及は、文明開化以降、続々とやってきた欧米人の増加にともない、

次第に日本人にも広まっていったというのが実状です。

はてさて、いにしえの可否のお味やいかに…。

その当時の焙煎や抽出技術、その方法論の違い、

又、珈琲豆が備え持つ種の力そのものの時代的違いにより、

その時の可否がどんな味わいであったのか、知りようがないだけに、興味はつのります。

そこで、イエメン産出の珈琲「モカマタリ」に、

いにしえの面影を尋ねてみようと思います。

 

昔、イエメンのモカ港から積み出された珈琲豆を総称してモカコーヒーと呼んだことから、

今もエチオピアとイエメン産の珈琲豆は、「モカ」という名称で親しまれています。

中でも、今回マスターが入荷した「モカマタリ バニマタル」は、

イエメン産の最高級品として取引されています。

イエメンには、珈琲発祥の地、エチオピアから7世紀に持ち込まれ、

以来、品種改良されることもなく、

昔ながらの自然農法で今なお栽培され続けているという、

生粋の在来種がこのモカマタリなのです。

ですから、味わいはかなり個性的なものです。

香りも独特で、熟成がすすんだフルーツジュースを連想させます。

昔、アラブの偉いお坊さんが妖術に使ったことがうなづけます(笑)。

本当は、煮出し珈琲にした方が、いにしえの珈琲っぽい味わいが楽しめるかも…。

 

で、今回は特別

喫茶店の日特別企画として

4月13日(金)に限り

このモカマタリを1杯400円(通常1杯600円)にてご提供致します。

 

モカマタリは無農薬、手摘み、

アンウォシュドもさることながら、

いまだに石臼で脱穀されています。

 

 

【新年、あけましておめでとうございます】

2012年1月1日は、

2+0+1+2+1+1=7、ということで、

今年でエマは、創業7周年を迎えます。

時の移ろいは足早で、しかも年齢を重ねる程に

その速度は早まってゆきます。

子供の頃は、一年がもっと長く感じられたのに…。

大人になるにつれ、時間の経過が足早に感じられる、

この時間感覚の原因は一体何なのか?考えてみました。

 

まずひとつは、体内代謝に起因しているのではないでしょうか。

例えば、成長期にある子供を見た時、一日で身長が数センチも伸びたりと、

体内での生命サイクルが活発に活動していることがわかります。

すなわち、体内での新陳代謝速度がすさまじく早い。

この新陳速度を私の体内時計の針に見立てたとすれば、

一年の間に恐ろしく針が進むことになります。

ところが、成長して加齢するにつれ、この代謝速度は確実に遅くなってゆきます。

すなわち、自己の体内時計の針の進み具合はゆるやかとなります。

したがって、この体内時計の感覚からすれば、

若い時はこんなに身体は変化したのにまだ一年しか経っていないのかと感じるのに対して、

老いるにつれ、たったこれきりしか身体を使ってないのにもう一年も経ってしまった、

と感じるのではないでしょうか。

 

あるいは、実生活面においても、若い時分は気力体力ともあり余っているので、

一つの仕事を仕上げるのにそんなに時間を必要としませんが、

老いるにつれ、ひとつの仕事を仕上げるのに必要以上に時間がかかるようになります。

かつては、一日あれば相当の仕事量をこなしていたのに、

今ではひとつの仕事を仕上げた時にはもう夕暮れ、なんてことになる。

 

要は、代謝の面でも実生活においても、

実際の時間の経過に対して、自分の生命活動の速度がついていけなくなってくるという、

この日々容赦なく進む時間に対して、自分が取り残されていく感覚、

それが、大人になるにつれて時間を足早に感じるようになる原因なのではないでしょうか。

 

一番簡素化した例を挙げるなら、

人は眠っている時間が長い程、

時間の経過を早く感じ(一瞬にして夜は明ける)、

起きている時間が長いほど、

時間を長く感じる(寝つけぬ夜の時間の長いこと)

ということです。

 

ただそうは言っても、経過した年月をふり返る時、人は必ず、

あっという間の年月であったという、共通の感慨を持つものです。

問題は、そこに満ち足りた思いがあるのかどうか。

    手応えのある人生だったか、

    感謝できる人生だったか、

    愛のある人生だったか、

その充足感がある時、人は時間の呪縛から解放されるのだと思います。

私に与えられた時間は有限なものであるけれど、

今日という日をいかに意味あるものとして、

丁寧に生きてゆけるのか、そのことが一番大切だと思うのです。

以上、

一年の出発に際してのマスターの「時間考」でした。

 

さて、今年は壬辰(みずのえたつ)年です。

「壬」は、海洋や大河の水を象徴し、字は草木の内部に種子が生まれた状態を表します。

「辰」は、草木が旺盛に成長し形が整った状態を表すそうです。

今年は水流を得て、広い世界へと漕ぎ出す年でしょうか。

 

エマ通信 No43 2012年新年号 巻頭言より

 

 

笑間通12月号(創刊42号)より、お手許でご覧いただけない方に向けて、一部、掲載致します。

 

『初めてのテレビ出演』

先月11月は、皆様のお陰をもちまして、無事開店6周年を迎えることが出来たエマコーヒーです。

そしてこの度の6周年は、絶妙なタイミングで初めてのテレビ出演を果たすというおまけも付きました。先月15日(火)放送の 映像の旅番組『ココイロ』(朝日放送)は、ご覧いただけましたでしょうか。映像にしてわずか2分足らずでしたが、エマのエキスが凝縮された中身だったと、マスターは感激しております。収録はもちろん事前に済ませたわけですが、スタッフの皆さまには、とても真摯なお仕事をしていただきました。番組冒頭に流れたエマの外観のシーンは、店の前のあの狭い道に、わざわざレールを敷き、ハリウッド映画さながらのカメラ撮りがなされました。また、焙煎やドリップ、その他のシーンでも、ライティングに細心の注意を払いつつ、熱意を感じる撮影をしていただきました。お昼の2時から始まった収録でしたが、結局終了したのが夜の7時と、みっちり5時間かけての収録となりました。

番組後尾の「今日のココイロ」で紹介されたエマのブレンドコーヒー4種の映像には、とても凝った演出が施されておりました。あけぼのブレンドには朝日が射しているような、お天道さまブレンドには力強い光のライティングが、おかげさまブレンドの時にはカップの上にお月さまが優しく浮かんでいたり、また、お星さまブレンドでは一番星が珈琲の上に映し出されていたりと、4種4様に粋な計らいがなされておりました。さすが、映像の旅番組と銘打つだけあって、手を抜かないお仕事振りに感服です。

番組を見過ごされた方、あるいは再度ご覧になりたい方は、エマのカウンターに置いてあるデジタルフォトフレームでご覧頂くことが出来ますよ。お気軽にお声掛け下さいませ。

 

『6数の符号』

今回の6周年ですが、特別意識したわけだはないのに、不思議と「6」数が引き寄せられてきました。例えば、たまたま6周年のタイミングで放送された「ココイロ」ですが、今回の放送分で丁度600回目だったそうです。また、エマ6周年目の「ありがとうの日」は、本来なら11月10日だったのですが、今回はたまたま定休日の木曜日と重なったため、翌日の11日とさせていただきました。そのため、今回の記念日は、2011年11月11日と、すなわち、「1」数が6個ならんで、やはり「6」数となりました。この「6」数の符号は一体何を意味しているのだろうと思い巡らせていたところ、僧侶のお客様から、「6は弥勒の6。弥勒様の祝福だわ。」と教えていただきました。また、クリスチャンのお客様からは、「神様は6日目に人をお造りになったのよね。だから、6数は神の祝福数なのよ」と教えていただきました。ということは、「笑間」という空間は神仏の宿る祝福された場になるのね…と、おののきつつも、ありがたいことと、思わず手を合わせております。また、別のお客様からは、「6は無と読む。無は零のこと。初心に帰って再出発!」と諭されました。

いずれにせよ、今回は「お店を継続してきて良かった」と心底思える、恵み盛りだくさんの6周年でした。

ちなみに、「日本人、数のしきたり」(飯倉晴武編著・青春出版社)によると、「6は、2が3つにわけられ、2と4にも分けられる。また、3と3、1と5という奇数に分けることもできることから、安定した数と考えられている」とありました。笑間もようやく安定した土台が整ったということでしょうか。さて、次は7周年に向けてさらなるステップアップを!!

 

 

 

11月10日(木)

皆さまの日頃のご愛顧に感謝するばかりです。

これからも笑間の目指すところは、『笑顔のあふれる美空間』のご提供です。

この空間を通じて、安らいでいただいたり、

分かち合いを高めあっていただいたりのお手伝いができれば幸いです、

『おもてなしの心を形に』、そのための工夫にこれからも精一杯取り組んで参ります。

今後ともよろしくお引き立ての程、お願い申し上げます。

ありがとうございます。

 

6周年出血大サービス

題して『おめでたい二人』

 

自家焙煎珈琲 笑間

エマコーヒー焙煎士 仲大盛 昜力

10月21日(金)

今月のエマ通信をお手に取っておられない方の為に

マスターの巻頭言を掲載いたします。

 

≪生きる意味を考える フランクル博士からのメッセージ≫

20世紀の世界的名著「夜と霧」で有名な精神科医であり、

心理学者でもあるヴィクトールフランクル博士(1905ー1997)の

分析によると、「人間の根本意志は、意味への意志である」とのこと。

人は心の本質において、常に意味のある人生、価値ある人生をおくりたいと

願い求めている存在であると。―御意。

博士は続けて、では「人生の価値とは何ぞや」という問いに対して、

それには三つの領域があると述べています。

一つ目は「創造の価値」。

二つ目が「体験の価値」。

三つ目が「態度の価値」なのだそうです。

創造の価値とは文字通り、物を作りだす喜びの事です。

心に湧き上がる思いを具象化する作業には、生みの苦しみも伴いますが、

完成した暁には、無上の喜びが私の心を満たします。

体験の価値も文字通り、自然美との邂逅や芸術鑑賞、心楽しき人々との交流等、

日々かかわる出来事に価値を見いだす努力です。

態度の価値とは、たとえ創造や体験の価値を奪われたとしても、

私の魂は決して奪うことは出来ないという、私の心の自由性とでもいうのでしょうか。

例えば、病に伏して寝たきりになったとしても、見舞いに訪れた友に対して、

笑顔を絶やさず、心配をかけまいと態度をもってねぎらう、どんなネガティブな状況下でも

ポジティブな態度を失わない気高き精神性に見い出す価値です。

それらの価値観を基本に人生を歩む努力をする時、人生の問いへのコペルニクス的

転換が訪れると博士は説きます。

すなわち、「生きる意味は探すものではなく、私の人生が問いかけてくるものなのです」と。

 

フランクル博士のことを調べていてマスターが感じることは「正に今」、

「正にここ」に在る「私」とは、この宇宙の場で、絶対的領域を占める、

かけがえのない存在であるという、人間一人一人が持つ絶対的価値性への気付きです。

そしてその価値性は、物心がつく前にすでに人生の方から私に

付与されているものなんだという確信です。

ですから、私が人生に期待するのではなく、

人生の方から期待されている私であることをかみ締めて、

味わい深い人生を歩みたいものです。

 

 

 

 

10月14日(金)
こんばんわ。久しぶりにマスターです。
このブログが始まってから、
mixiでの日記更新はご無沙汰になっていますが
久しぶりにmixiを開いて、過去の日記を辿りつつ
こんなこともあったなと懐かしく読みふけってしまいました。
来月で笑間は、まる6年を迎えようとしています。
その中でも
僕の一番好きな愛妻日記がありましたので
今日はその内容を載せたいと思います。
(2006年6月15日より)
雨の日はなぜかボーカルの楽曲を選んでしまう
雨降る日、それも今日のように
しとしと降る雨は
人の声がなぜか心のどこかにひっかかる
思い出にひたる感覚で
懐かしさにつつまれる…
『どうしてかな』
豆を選別するテーブルの横に縦て長の窓がある
店のBGMを聴きながら窓の外を眺めると
店先の梅の葉が雨だれに打たれ、
ふるふるとゆれている
野口雨情という名前は
雨の情(なさけ)と書いている
あらためて素敵だ。などと思う
あぁ、そういえば石垣島に居た頃
情(なさけ)は大事どぉ
島には情(なさけ)がある
人間、情(なさけ)を忘れては決してだめどぉ
といつもいつも云われていたなぁ
あぁ、それから島での牧場生活
雨に打たれた牛達は可哀想だった
雨の降る寒い日は子牛の死ぬことが多かった
さびしそうな牛の瞳を見つめ
涙ぐんだ雨の日を思い出す

ひとつのセンテンスから次々
いくつもの記憶の扉が開いていく

雨だれの音は脳のどこかを刺激して
心の扉も開いてくれるのだろうか

雨だれの打つリズムを快く感じながら
豆の選別に戻りましょう

お豆さん、遠い国から
我が店へようこそ、ありがとう

雨の日も悪くない

 

 

こんばんは、マスターです。

知っての通り、音楽好きのマスターにおきましては、

やはり音楽を聴くときには、より美音に再生されるよう、

音響にはこだわりを持ちたいと願っております。

電子音ばやりの昨今ですが、マスターが感じる最高の音、

それは、やはりアナログでの再生音です。

お店でもたまに掛けますが、CDよりもレコード盤やカセットテープのほうが、

断然、ノイズがあったとしても、美音に感じとれるのです。

音の奥行きや、輪郭に、心地よいうねりを感じます。

デジタルは確かに便利ですが、所詮はぶつ切りの

都合の良いごまかしの編集音なのであって、

連続性に裏付けされた滑らかさが醸すアナログの音には

かなうはずがないのです。

しかし、アナログ音を再生するのにこだわりだせば、

これはもうきりがない程の散財が必要です。

そこでマスターとしては、最低限、アンプ位は真空管にしたいものだと

目論んでおりました。

まぁしかし、常日頃小遣いを持たないマスターにとって、

真空管アンプは高嶺の花。どうしたものかと思い悩んでおりましたところ、

やっぱりすごい、思いは必ず実現する!

なんとエマのお客様(Mr.T)が、手作りして下さいましたのですよ、真空管アンプを!!

もともとアマチュア無線の知識と技術に秀でた方で、

その技能をベースに、図面から書き起こして組みあげた

完全オリジナルのアンプなのです。

構想から約一年半、本日ついに完成いたしました。

とはいうものの、音を出すのは今日が初めてということで

果たして本当に音が鳴るのか、音質はどうなのか、

電源をいれたとたんに、とんでもないことがもしや…。

いらぬことを心配し、緊張もいたしましたが、杞憂におわりました。

大成功でした。素晴らしい再生音です。

期待以上の結果です。

マスターとT氏は抱き合って喜びました。

完全オリジナル手作り真空管アンプ、明日から早速お披露目いたします。

Tさんすごいよ!本当にありがとう!!

こんにちは。マスターです。

台風の上陸で幕を開けた9月です。

幸い、エマ通信9月号は、台風の到来直前に

配り終えることができました。

いつもの通り、ご近所限定で1000部をポスティングしました。

エマ通を手にとってご覧になれない方に向けて、

たまには、こちらのブログでもエマ通信の

記事を一部掲載いたします。

 

「マスターの夢」

先日、お客様から「マスターの夢は何ですか?」と

質問をいただきました。

しばし立ち止り、自身の心に問うてみましたが、

うまく答えられませんでした。

もちろん、もっと稼いでお店を発展させて

ふるさと石垣島と大阪の懸け橋となりたいとか、

そんなことは思い描いてはおりますが…。

「人生を過ごす中で一番やりたいことは何か?」

と問われたならば、マスターは迷わず、

「コミュニティー作り」と答えます。

振り返るに、高度経済成長期の只中に石垣島で生まれ、

大阪で育ったマスターは、中学生のときにはすでに、

無為自然を標榜し、隣席の友人と「田舎に帰ろうや同好会」

なる意味不明の組織を結成し、

同好会歌まで作り唱和しておりました。

高校生になると、武者小路実篤の名著「人生論」に感銘を受け、

氏が率いた「新しき村運動」にどうすれば参加出来るのかを

真剣に模索しておりました。

大学生の時は、総合文化サークルなどと称して、音楽や演劇、ダンスに映画と言った、

芸術活動を支援するサークルの企画・運営のお手伝いもしていました。

石垣島で牛飼いをしていた時代には、

通りがかりで訪ねてきた観光客をどうぞどうぞと牧場に招いては、

バーベキューでおもてなしをしてさしあげたりと。

このように、マスターは常に人との出会いを求め、つながりあって、

互いにモチベーションを高め合えるような人間関係を築くことに

何よりもの喜びを感じるようです(そのくせ結構人怖じするほうなのですが…)。

お陰さまで今エマには、夢を持ってまい進する青年達や、

若葉のような心を失わない壮年の方々に多数集っていただいております。

そして互いに交流をもつときには、とてもいい「気」が巡ります。

そういう場に居合わせることにマスターは、とても清々しい幸福感を味わいます。

人生において大切な事は、心のモチベーションを高め合える

コミュニティーを築き上げることだと思っています。

そんなポジティブな心のホームグラウンドとして、エマという場がこれからも

機能し続けるのであれば、それはマスターにとっての存外の喜びです。

ですから、結論を言ってしまえば、

マスターはエマというコミュニティーの場を築けたことで、

すでに夢を叶えてしまっているのです。

 

エマの屋号は「笑間」。

すなわち、笑顔のあふれる時間、空間、仲間たち。

あらためて、よい店名をつけたものだと自負しております。

マスターはそういう職場で毎日働けて、仕合せです。

そういえば、「働く」という言葉の原点(大和言葉)は、

「はた」+「らく」と聞いたことがあります。

「はた」=周り、「らく」=楽。

すなわち、周りにいる人々を楽しくさせて、楽をさせてあげること。

それが「働く」の真実の意味だそうです。

ということは、エマのお仕事はやはり、笑顔のあふれる空間作り。

そのことにこれからも愛情を灯して取り組み続けたいと思います。

 

 

こんばんは、マスターです。

よくお客様から、「どうしてこんなところでお店をやっているの」と、

不思議がられます。

お客様からすると、人通りもけして多いとは言えず、

道幅も狭く入り組んだ目立たぬ町はずれで

よく商売をやっているなと思われるようです。

確かに、立地的には決して恵まれた場所とは言い難いかもしれません。

まあこれは、ご縁の賜物というほかありません。

それまで珈琲というものに左程興味を抱くことのなかったマスターが、

喫茶店をやろう!と思い立ってから実現にこぎつけるまでに、

約二年の月日を要しました。

珈琲についての基本的な知識と技術の習得、

お店の業態やコンセプトの思案、

店舗の設計やデザインのこと、資金の調達法etc…。

お店を立ち上げると言うことは、

とても具体的な事柄の積み重ねでした。

でも最後は、開業する場所と物件が決まらないことには、

話は始まりません。

私達の場合は、

ご縁を戴ける処であればどこでもOKというスタンスで

それこそ、ある時は仙台にまで足を運んだこともありました。

そこここに候補物件が現れては立ち消えを繰り返して、

ようやく現物件に辿り着いた次第です。

当時私達は、大阪市内の某所で住んでおりました。

中々思うような物件に行き当たらない私達に、

以前から信頼を寄せていた料理研究家の先生が、

「大阪の土地の神様は住吉大社さんだから、

一度お参りに詣でたらいいわよ」とアドバイスをいただき、

早速早朝、大社さんの開門と同時にご本殿をお参りいたしました。

その日清々しい気分で帰宅してみると、普段あまり出くわすことのない

マスターの姉婿(義兄)さんがなぜかそこにいるではありませんか。

「是々然々で、今お参りに行って来て云々」と話をしたところ、

それであればと、義兄が言うには

「門真にうちの実家のぼろ家が手つかずのまま放置されていて云々。

そこでも良ければ使ったらいいよ」との返答。

早速ママとその日のうちに訪れたのが今のこの場所だったのです。

もうとっぷりと日が暮れてから見学に来たので

周囲の様子もよくつかめず思案のしようもなかったマスターでしたが、

その辺は女性特有の第六感で、

ママが「ここはイイ!!」と、瞬時に感じ取ったことが

最大の決定要因となりました。

かくして、ここ門真元町に笑間が産声を上げた瞬間でした。

きっと、住吉大社の神様が門真神社の神様に私達を手引きして下さり、

門真神社の神様が快く受け入れて下さったのだと思うております。

ちなみに、この場所は門真神社さんの境内地にあたります。

ニ礼二拍手 合掌 感謝…。

こんばんは、マスターです。

毎月一回発行しておりますエマ通ことエマ通信も

今月で創刊以来丁度三年となる36号目を昨晩、無事に配布し終えました。

マスターの完全手書き、かつ完全責任編集の読みづらくもあり

マスターの手前がってな偏向新聞であるにも拘らず、

これが意外とファンがいてくださるのです、ありがたいことに!

「毎月楽しみにしてるのよ」とか

「欠かさずファイルに保存しています」とか

「マスターのエマ通り(?)、ええわ」とか

「いつも楽しみやねん、エコ通信(?)」など

少し勘違いも含めて、多くの方々にお目通しいただき、

本当に感謝感激です。

「毎月大変でしょ」とねぎらっていただきもします。

マスターとしましては、月に一回の行のようでもあり、

自分へのチャレンジという意味ではやりがいを感じております。

毎月1200部印刷し、200部はお店や郵送用に、

残りの1000部をエマの界隈にポスティングして廻ります。

毎月末、夜な夜な、ぬき足差し足で闇に紛れるマスターです。

たまには、犬に吠えられたり、不意に出くわした人に怪しがられたり、

いまだ慣れないストレスもありますが、

私の住む街に灯を私の一歩一歩で点けて廻りましょう、

なんて殊勝なことを思いつつ、鼻歌交じりに一軒一軒訪ねています。

なんせ、エマはローカルヒーローを目指していますから。

「継続することが力だよ」と、皆さんに教えていただきます。

ありがとうございます。力の限り続けてまいります。

これからも、エマ通信をよろしくご愛読のほどお願い申し上げます。

     

      一灯照隅(いっとうしょうぐう) 

      万灯照国(ばんとうしょうこく)

                安岡正篤(1893ー1983)

ろうそくの火のごとく 小さな明かり。

微少な光だが、

それでも闇におおわれた 世界の一隅を照らし出す。

希望はなにごとも その極小からはじまる。

万燈照国 と続く。

その微少な光も万集まれば

国をも照らし出すことができる。

             (藤原新也 記)