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Mama's Diary

珈琲焙煎ネットモール
『BANEMO』のご案内

「焙煎」の 「BA」、
「ネット」の「NE」、
「モール」の「MO」で、

『BANEMO』です。

焙煎された珈琲豆を
インターネットを通じて販売する
ショッピングモール。

名前の由来こそ、すこぶるベタですが^^;
けど、分かりやすい、覚えやすい^ ^

さて、マスターも珈琲焙煎に取り組んで20年程になりますが、いまだに珈琲の尻尾さえ掴みきれないまま、ああでもないこうでもないと右往左往している青二才です。
ただ珈琲への情熱は失われることはありません。
珈琲は、それほど魅力的な飲み物なのです。

全国にはその珈琲の魔力に取り憑かれて儘ならないコーヒーラバーたちが沢山おられます。
この各人各様のアプローチで日夜珈琲の新たな地平に挑む焙煎の武士(もののふ)たち。
彼ら彼女らのことをマスターは敬意を表して、

『珈琲人(こひと)』

と勝手に呼んでおります^ ^

「珈琲に狂おしいまでに恋い焦がれる人たち」。

全国にはそんな愛おしき『珈琲焙煎人』たちが散在しているわけですが、
今回立ち上がった珈琲専門ネットモール「BANEMO」にはそんな全国の珈琲人たちか結集するという、これまであるようでなかったコーヒーの新たな形態のプラットホームなのです。
実はこのサイトには大手の企業様は参加出来ません。
それこそ、小さな小鍋や手網にこだわってその都度懸命に焙煎する人の珈琲も取り寄せることが出来るサイトです。

一つ確実に言えることは、
このBANEMOは日本全体の珈琲の質を底上げすることに貢献出来るサイトでもあるということです。
なぜなら、珈琲に日夜真摯に向き合い取り組む珈琲焙煎人たちの珈琲が集まるサイトだからです。
皆さんの珈琲への寄り添い方、その愛情が半端なく強いのです^ ^
なので美味しくないはずがない!

そんな個性豊かな焙煎人たちのそれぞれの持ち前の珈琲豆と出会えるサイトです。

全国の『珈琲人』たちを、皆さん応援して下さいませ!

もちろん笑間珈琲も参加しております^ ^

今月中は全品20%オフで購入いただけます♪

よろしくお願い申し上げます。 

https://banemo.net/

今朝の新聞に作曲家大野雄二氏の記事を見た。
なんと現在テレビでルパン三世の第6作目が放映されているらしい。
最初にアニメ放映されたのは、昭和46年(1971年)のこと。
もちろんマスターは、この第一作目世代なのである。(少しドヤ顔^ ^)
マスター世代にとってルパンは、とても印象に焼き付くアニメキャラの一人だ。
当時マッチ棒のように細身で敏捷な少年だったマスターは、ルパンとかサルとかあだ名されたりもした。
大野雄二氏が音楽を担当するのは第二作目からなのだが、初代ルパンの音楽も素晴らしかった。
エンディングの「足下に〜?」の歌は、マスターいまだにカバーして歌います^ ^

70年代は、日本アニメ文化の黎明期、幕開けであったと思いますが、2020年を超えて、今尚人気のアニメがあることはとても嬉しい。

さて、劇中曲「ルパン三世のテーマ」であるが、今回も新しいアレンジでリニューアルされていると 聞き、早速YouTubeで引いてみた。
やっぱり、カッコいい!
ニューアレンジも秀逸であるが、それを受けて演じるミュージシャンの面々の凄腕にも感服致します。

さて、ルパン、次元、五右衛門。
この3人のうちで一番珈琲の似合う男は誰?
はい。マスター、ママ、満場一致で次元大介です!
次元のシケモクにはもう絶対、苦味走ったブラックコーヒーでしょう。
「次元のシケモクブレンド」、なんてのもあってイイね^ ^
BGMは、「次元大介のテーマ曲」で一服。
https://youtu.be/64V0DF_H66E

この季節は、十三夜を愛でるのが本来であるらしい。

「月ぬ美いしゃ 十日三日
みやらび美いしゃ 十七つ」
(ツクヌカイシャ トゥカミッカ
ミヤラビカイシャ トゥナナツ)

とは、八重山古典民謡『月ぬ美いしゃ』の一節。

月を愛でるなら十三夜
娘子が美しいのは十七才

と言うのが意。

残念ながらこの度の十三夜は雲が厚かったので、今宵の満月を愛でることに。

円い月を見上げる時にいつも「月ぬ美いしゃ」を口ずさんでしまうのは八重山人(やいまぴとぅ)の性(さが)。
どこか神さびたオジィの三線の音色さえ、耳の奥でこだまする。
あの日の八重山の月が瞼に昇る。

ーーーーーーーーーーーーー

5年前のあの日、別離は葬儀を通して粛々と処理されて行きました。

遺体を処置し、霊を弔い、遺品を処分し、社会との関わり事を整理して、それらは残された者の心にけじめを迫る。それらは否応無しに故人との決別を強いる。
そして、残された者の心には問い掛けが始まる。

それを「喪の仕事」と呼ぶらしい。

その仕事と向き合いながら、日々故人との対話で明け暮らす。
人生にはそんな期間が訪れる。

亡父の四十九日。

たぶん、彼岸と此岸の水の流るる深き谷間を軽々と飛び越へ、父は往く。

渡るに渡れぬ川を前に、一番辛いのは、きっと母。

狭間で息子は、恣意する。

男は、永遠不変唯一絶対の男性性を有する者として、
女は、永遠不変唯一絶対の女性性を有する者として、
両者の「結び」こそが彼岸と此岸を埋めて両界を統べる唯一無二の価値ではないのかと。

いずれは誰しもが、ウシュマイとンミーとなって、子孫に仕合わせを振る舞う為に、彼岸と此岸を往き来する。
あの世に行ってまでも夫婦が仲良く。
それが、八重山の土着信仰アンガマの心であり、そこに八重山の祖先は真理を見いだす。

夫婦の情愛無くして命は始まらず、成長も成熟もなく、血筋も残せない。

良い仏壇に有り難いお念仏にお供え、高級なお香、それも良いだろう。
しかし魂は、本当は相対する者の愛によってでしか成仏に導けないのではないのか。

ふと空を見やると、今日は冴えた空に満月。
秋の月。
天に昇るには絶好の日和。
間違いなく、天は父を祝福しているのだ。

今宵は、秋の名月を眺めながら、
月に心寄り添わせて、亡父を送り出す。
隣に居てくれる妻と心重ねて。

父が過ごした大阪の月。
父が生まれた八重山の月。

     南無。合掌。

行楽を兼ねて、秋の日は野外でお勉強を。

日差しに風に緑に包まれて、
鳥は囀り水面は輝き、

言うことなし。

気持ちの良い秋の日。

本日は、10月1日。
『珈琲の日』。

「おい、コーヒーよ。
これこそ、
神とともにある人々の飲みもの。」

アラビアの詩「コーヒーを讃えて」(1511年)

夏は岩雲 秋は砂雲

見上げるたびに様子の移ろう雲。

そんな掴みどころのない空の紋様にしばし心をあずける。

そんな時間を好むこの頃です。

先日の重陽、
都会の真ん中の少しだけ高いところから天と地を拝み見ながら、
奢らず、飾らず、責め立てず、才に溺れず、ありのままを尽くして……

今年も残り三分の一。
願わくば守拙に過ぎ越せますようにと、強く願った。

Green Notes New version


グレッチ ホワイトファルコン

聞きしに勝る美しいギター。
今日は哲郎アニキがこのギターでサポートをしてくれました^ ^
美しい音色で、まるでニールヤングのようでした(^_^)
アニキ、ありがとうございました。

今日のライブはお陰様で70名ほどもご参加頂き、盛況のうちに終えることが出来ました。
皆さま本当にありがとうございました。

?

夕照三景。

門真の空も捨てたものではない^ ^

「善き闘いを成し終えて
永遠の御国に 入りし君」

送りの一日を終えました。
感謝に満ちたとても善いお別れが出来ました。
滞りなくすべてを為して、
今、涼やかな風に吹かれて、
夕闇迫る空には冴えたお月様が微笑む。

申し訳ないが、哀悼というよりも清々しい。

この世界にはもうひとつどこか別に新しい次元があって、
物事は三段階の進化を経て完成するのが世の理であるらしい。
初めは母の胎内での海中生活。
それを経て、次にこの地上に誕生し陸上生活を全うする。
そして最期、「死」を経て別の次元の宇宙的胎へと、新たに命は移行する。
それは、虫がまゆを出て、
束縛から解放されて、
新しい身体、新しい実体となって羽ばたくようなもの。
そういう理解が腑に落ちれば、死は結婚式に匹敵するほどの祝日(しゅくひ)となる。
なので、そんな日に陰鬱になったり、悲しくなったり、がっかりしたままでは、天に登って行く人を引きずり下ろすことになってしまう。

懸命に命を生ききった人のその人の勝利を栄光として祝してさしあげる。

そんなことを思えるほど、今日の送りには感動があった。

お義父さんお疲れ様でした。ありがとう。
またお会いいたしましょう。


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