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Master's Voice

10月14日(金)
こんばんわ。久しぶりにマスターです。
このブログが始まってから、
mixiでの日記更新はご無沙汰になっていますが
久しぶりにmixiを開いて、過去の日記を辿りつつ
こんなこともあったなと懐かしく読みふけってしまいました。
来月で笑間は、まる6年を迎えようとしています。
その中でも
僕の一番好きな愛妻日記がありましたので
今日はその内容を載せたいと思います。
(2006年6月15日より)
雨の日はなぜかボーカルの楽曲を選んでしまう
雨降る日、それも今日のように
しとしと降る雨は
人の声がなぜか心のどこかにひっかかる
思い出にひたる感覚で
懐かしさにつつまれる…
『どうしてかな』
豆を選別するテーブルの横に縦て長の窓がある
店のBGMを聴きながら窓の外を眺めると
店先の梅の葉が雨だれに打たれ、
ふるふるとゆれている
野口雨情という名前は
雨の情(なさけ)と書いている
あらためて素敵だ。などと思う
あぁ、そういえば石垣島に居た頃
情(なさけ)は大事どぉ
島には情(なさけ)がある
人間、情(なさけ)を忘れては決してだめどぉ
といつもいつも云われていたなぁ
あぁ、それから島での牧場生活
雨に打たれた牛達は可哀想だった
雨の降る寒い日は子牛の死ぬことが多かった
さびしそうな牛の瞳を見つめ
涙ぐんだ雨の日を思い出す

ひとつのセンテンスから次々
いくつもの記憶の扉が開いていく

雨だれの音は脳のどこかを刺激して
心の扉も開いてくれるのだろうか

雨だれの打つリズムを快く感じながら
豆の選別に戻りましょう

お豆さん、遠い国から
我が店へようこそ、ありがとう

雨の日も悪くない

 

 

こんばんは、マスターです。

知っての通り、音楽好きのマスターにおきましては、

やはり音楽を聴くときには、より美音に再生されるよう、

音響にはこだわりを持ちたいと願っております。

電子音ばやりの昨今ですが、マスターが感じる最高の音、

それは、やはりアナログでの再生音です。

お店でもたまに掛けますが、CDよりもレコード盤やカセットテープのほうが、

断然、ノイズがあったとしても、美音に感じとれるのです。

音の奥行きや、輪郭に、心地よいうねりを感じます。

デジタルは確かに便利ですが、所詮はぶつ切りの

都合の良いごまかしの編集音なのであって、

連続性に裏付けされた滑らかさが醸すアナログの音には

かなうはずがないのです。

しかし、アナログ音を再生するのにこだわりだせば、

これはもうきりがない程の散財が必要です。

そこでマスターとしては、最低限、アンプ位は真空管にしたいものだと

目論んでおりました。

まぁしかし、常日頃小遣いを持たないマスターにとって、

真空管アンプは高嶺の花。どうしたものかと思い悩んでおりましたところ、

やっぱりすごい、思いは必ず実現する!

なんとエマのお客様(Mr.T)が、手作りして下さいましたのですよ、真空管アンプを!!

もともとアマチュア無線の知識と技術に秀でた方で、

その技能をベースに、図面から書き起こして組みあげた

完全オリジナルのアンプなのです。

構想から約一年半、本日ついに完成いたしました。

とはいうものの、音を出すのは今日が初めてということで

果たして本当に音が鳴るのか、音質はどうなのか、

電源をいれたとたんに、とんでもないことがもしや…。

いらぬことを心配し、緊張もいたしましたが、杞憂におわりました。

大成功でした。素晴らしい再生音です。

期待以上の結果です。

マスターとT氏は抱き合って喜びました。

完全オリジナル手作り真空管アンプ、明日から早速お披露目いたします。

Tさんすごいよ!本当にありがとう!!

こんにちは。マスターです。

台風の上陸で幕を開けた9月です。

幸い、エマ通信9月号は、台風の到来直前に

配り終えることができました。

いつもの通り、ご近所限定で1000部をポスティングしました。

エマ通を手にとってご覧になれない方に向けて、

たまには、こちらのブログでもエマ通信の

記事を一部掲載いたします。

 

「マスターの夢」

先日、お客様から「マスターの夢は何ですか?」と

質問をいただきました。

しばし立ち止り、自身の心に問うてみましたが、

うまく答えられませんでした。

もちろん、もっと稼いでお店を発展させて

ふるさと石垣島と大阪の懸け橋となりたいとか、

そんなことは思い描いてはおりますが…。

「人生を過ごす中で一番やりたいことは何か?」

と問われたならば、マスターは迷わず、

「コミュニティー作り」と答えます。

振り返るに、高度経済成長期の只中に石垣島で生まれ、

大阪で育ったマスターは、中学生のときにはすでに、

無為自然を標榜し、隣席の友人と「田舎に帰ろうや同好会」

なる意味不明の組織を結成し、

同好会歌まで作り唱和しておりました。

高校生になると、武者小路実篤の名著「人生論」に感銘を受け、

氏が率いた「新しき村運動」にどうすれば参加出来るのかを

真剣に模索しておりました。

大学生の時は、総合文化サークルなどと称して、音楽や演劇、ダンスに映画と言った、

芸術活動を支援するサークルの企画・運営のお手伝いもしていました。

石垣島で牛飼いをしていた時代には、

通りがかりで訪ねてきた観光客をどうぞどうぞと牧場に招いては、

バーベキューでおもてなしをしてさしあげたりと。

このように、マスターは常に人との出会いを求め、つながりあって、

互いにモチベーションを高め合えるような人間関係を築くことに

何よりもの喜びを感じるようです(そのくせ結構人怖じするほうなのですが…)。

お陰さまで今エマには、夢を持ってまい進する青年達や、

若葉のような心を失わない壮年の方々に多数集っていただいております。

そして互いに交流をもつときには、とてもいい「気」が巡ります。

そういう場に居合わせることにマスターは、とても清々しい幸福感を味わいます。

人生において大切な事は、心のモチベーションを高め合える

コミュニティーを築き上げることだと思っています。

そんなポジティブな心のホームグラウンドとして、エマという場がこれからも

機能し続けるのであれば、それはマスターにとっての存外の喜びです。

ですから、結論を言ってしまえば、

マスターはエマというコミュニティーの場を築けたことで、

すでに夢を叶えてしまっているのです。

 

エマの屋号は「笑間」。

すなわち、笑顔のあふれる時間、空間、仲間たち。

あらためて、よい店名をつけたものだと自負しております。

マスターはそういう職場で毎日働けて、仕合せです。

そういえば、「働く」という言葉の原点(大和言葉)は、

「はた」+「らく」と聞いたことがあります。

「はた」=周り、「らく」=楽。

すなわち、周りにいる人々を楽しくさせて、楽をさせてあげること。

それが「働く」の真実の意味だそうです。

ということは、エマのお仕事はやはり、笑顔のあふれる空間作り。

そのことにこれからも愛情を灯して取り組み続けたいと思います。

 

 

こんばんは、マスターです。

よくお客様から、「どうしてこんなところでお店をやっているの」と、

不思議がられます。

お客様からすると、人通りもけして多いとは言えず、

道幅も狭く入り組んだ目立たぬ町はずれで

よく商売をやっているなと思われるようです。

確かに、立地的には決して恵まれた場所とは言い難いかもしれません。

まあこれは、ご縁の賜物というほかありません。

それまで珈琲というものに左程興味を抱くことのなかったマスターが、

喫茶店をやろう!と思い立ってから実現にこぎつけるまでに、

約二年の月日を要しました。

珈琲についての基本的な知識と技術の習得、

お店の業態やコンセプトの思案、

店舗の設計やデザインのこと、資金の調達法etc…。

お店を立ち上げると言うことは、

とても具体的な事柄の積み重ねでした。

でも最後は、開業する場所と物件が決まらないことには、

話は始まりません。

私達の場合は、

ご縁を戴ける処であればどこでもOKというスタンスで

それこそ、ある時は仙台にまで足を運んだこともありました。

そこここに候補物件が現れては立ち消えを繰り返して、

ようやく現物件に辿り着いた次第です。

当時私達は、大阪市内の某所で住んでおりました。

中々思うような物件に行き当たらない私達に、

以前から信頼を寄せていた料理研究家の先生が、

「大阪の土地の神様は住吉大社さんだから、

一度お参りに詣でたらいいわよ」とアドバイスをいただき、

早速早朝、大社さんの開門と同時にご本殿をお参りいたしました。

その日清々しい気分で帰宅してみると、普段あまり出くわすことのない

マスターの姉婿(義兄)さんがなぜかそこにいるではありませんか。

「是々然々で、今お参りに行って来て云々」と話をしたところ、

それであればと、義兄が言うには

「門真にうちの実家のぼろ家が手つかずのまま放置されていて云々。

そこでも良ければ使ったらいいよ」との返答。

早速ママとその日のうちに訪れたのが今のこの場所だったのです。

もうとっぷりと日が暮れてから見学に来たので

周囲の様子もよくつかめず思案のしようもなかったマスターでしたが、

その辺は女性特有の第六感で、

ママが「ここはイイ!!」と、瞬時に感じ取ったことが

最大の決定要因となりました。

かくして、ここ門真元町に笑間が産声を上げた瞬間でした。

きっと、住吉大社の神様が門真神社の神様に私達を手引きして下さり、

門真神社の神様が快く受け入れて下さったのだと思うております。

ちなみに、この場所は門真神社さんの境内地にあたります。

ニ礼二拍手 合掌 感謝…。

こんばんは、マスターです。

毎月一回発行しておりますエマ通ことエマ通信も

今月で創刊以来丁度三年となる36号目を昨晩、無事に配布し終えました。

マスターの完全手書き、かつ完全責任編集の読みづらくもあり

マスターの手前がってな偏向新聞であるにも拘らず、

これが意外とファンがいてくださるのです、ありがたいことに!

「毎月楽しみにしてるのよ」とか

「欠かさずファイルに保存しています」とか

「マスターのエマ通り(?)、ええわ」とか

「いつも楽しみやねん、エコ通信(?)」など

少し勘違いも含めて、多くの方々にお目通しいただき、

本当に感謝感激です。

「毎月大変でしょ」とねぎらっていただきもします。

マスターとしましては、月に一回の行のようでもあり、

自分へのチャレンジという意味ではやりがいを感じております。

毎月1200部印刷し、200部はお店や郵送用に、

残りの1000部をエマの界隈にポスティングして廻ります。

毎月末、夜な夜な、ぬき足差し足で闇に紛れるマスターです。

たまには、犬に吠えられたり、不意に出くわした人に怪しがられたり、

いまだ慣れないストレスもありますが、

私の住む街に灯を私の一歩一歩で点けて廻りましょう、

なんて殊勝なことを思いつつ、鼻歌交じりに一軒一軒訪ねています。

なんせ、エマはローカルヒーローを目指していますから。

「継続することが力だよ」と、皆さんに教えていただきます。

ありがとうございます。力の限り続けてまいります。

これからも、エマ通信をよろしくご愛読のほどお願い申し上げます。

     

      一灯照隅(いっとうしょうぐう) 

      万灯照国(ばんとうしょうこく)

                安岡正篤(1893ー1983)

ろうそくの火のごとく 小さな明かり。

微少な光だが、

それでも闇におおわれた 世界の一隅を照らし出す。

希望はなにごとも その極小からはじまる。

万燈照国 と続く。

その微少な光も万集まれば

国をも照らし出すことができる。

             (藤原新也 記)

   

こんばんわ。マスターです。

今日は、エマのお水について。

エマのお水は、まろみ豊かな天然サンゴのミネラル水!

エマのお水は、口当たりが良くて、まろみがあって、

甘いとよく言われます。

実は、その美味しさの秘密は、沖縄の天然化石サンゴにあります。

エマでは、飲食に供するお水は全て、この化石サンゴで浄化した

ミネラル水を使っています。

元来サンゴは浄化力に優れた素材で、大概の浄水器のフィルターに

コーラルの名称で使用されています。

サンゴの表面には、微細な穴が無数にあいており(多孔質といいます)

その穴で不純物、特に重金属類を吸着し、水を浄化しているのです。

しかもサンゴ自体が約70種類ものミネラル成分で構成されているため、

水道水が良質のミネラル水へと変身するわけです。

また北里大学での臨床実験で、

「化石サンゴには、抗菌、静菌、抗酸化の3作用がある」

との結果も出ました。

確かに、化石サンゴを浸した水はほぼ劣化(腐敗)がありません。

長寿の那、沖縄からの偉大なる恵み、それが天然化石サンゴ水!です。

中でも笑間では、与那国島産の隆起サンゴを使っていますが、

地質年代的に一番ミネラル水を作るのに適しているサンゴと

いわれています。

今日もマスターです。

当店の屋号「笑間」の由来について

質問を受けることがあります。

これは、マスターの名前「エキカツ」と

ママの名前「マサコ」のそれぞれの頭文字

「エ」と「マ」を単純にひっ付けて「エマ」としました。

そこへ、「笑顔のあふれる空間」との願いを込めて、

漢字の「笑」と「間」を当てました(ママのインスピレーション)。

改めて考えてみると、「笑」という文字には深い意味を感じます。

これを分解すると、「竹」+「天」となり、

さらに「竹」は、「ケ」+「ケ」で二本の木を表すと考えれば、

天の上にすっくと生える二本の木ということになります。

きっとこの二本は「人」を表わしており、それはまさに

男性と女性を象徴しているのではないでしょうか。

ここに、天国のひな型を観る思いがします。

いつも男女が笑顔で向きあうこと。

そのことこそがきっと、天国の要なのでしょう。

夫婦仲好きことは美しき哉。

そういえば、聖書の中に描かれているエデンの園の中央にも

二本の木が確かあったはず…

yaeyama land hearts 「島心(シマグクル)」

私共が喫茶店をやろうと思い立った時に

深く掘り下げて行った思いが『島心』という言葉でした。

この言葉は、

マスターの生まれ島である石垣島へと

向かう機上より、眼下に点在する南の島々を眺めながら

ふと思い至った感慨です。

それは、

「島は『孤』にして『弧』である」という思いです。

鹿児島県の薩摩半島から台湾まで、

大小様々な島の連なりからなる南西諸島。

その各々の島々は、海を隔ててまさに「孤島」として点在しています。

しかしながら、地質学的な時間軸で捉えた時、

それらの孤島も、かつては大陸と弓なりに、円弧状に連なる時代があった。

空の高みから島々を俯瞰した時、

そのことを実感として捉え直すことが出来ました。

ですから、「島は『孤』でありながら『弧』でもある」と。

であればこそ、

島はいつも繋がっていることを願い求める。

海を渡ってみたいし、海からの訪れを待ち望む。

故に、

島はおもてなしの心を忘れてはいけないし、

礼儀を尊重しなくてはいけない。

あるいは、

島は再生の場でもある。

来訪者の心を優しく迎えて包み込み、

再びの生きる糧を注ぎ得る源泉ともなろう。

何千何万何億年という時間の流れの中で

育まれてきた島であればこそ、

『孤』であることの苦を噛みしめ、内面を豊かにすることの

尊さを学んできたのだと思います。

ですからきっとこの島には、

その資質があふれているはず。

それが、yaeyama land hearts=島心(シマグクル)の想いです。

私共『笑間』では、

そんな『島心(シマグクル)』を源泉に

「おもてなしの心を形にしていきたい」と

考えています。

以下は、私達が石垣島で暮らしていた時に撮った写真です。

誰も知らないプライベートビーチ

21世紀幕開けの初日の出(自宅から観た風景)

玉取崎から平久保を望む風景

自家焙煎珈琲豆蔵さんのこと

マスターがコーヒー屋を志す一番のきっかけになった

言うなれば、心の師匠的なお店が、福井県の老舗喫茶店「豆蔵」さんです。

前職である牧場の仕事で大怪我をし、その治療のため一時住んでいた福井の地での出会いでした。

当時の日記に豆蔵さんの印象についてのメモが残っていましたので引用します。

≪全面シダーウッドに覆われたカナディアンロッジスタイルの趣ある建物。

屋号が丁寧に刻まれた鉄版地の看板が印象的な、木造りのシンプルなドアを引き開け店内へ。

褄型の高い天井に奥行きのある空間。

床は赤い花柄の柔らかな絨毯敷き。

左側カウンターがとても幅広で客と店との隔たりを感じさせない。

高い位置に据えられた大型スピーカーから舞い降りてくるかのような響きが心地よい。

店の奥には使い古された焙煎機。口の開いた麻袋からは黄緑色の生豆が覗く。

珈琲を大切に扱っている店主の心が感じ取れる店内の空気感。

入口壁の高みに目をやると、ステンドグラスからの木漏れ日。

なんとも癒された気分。

店主によって手際よく丁寧にドリップされた珈琲を一口飲む。

口当たりの良さと喉ごしの滑らかさ、それでいて存在感のある味わいに

店主の心根の優しさと情熱を感じ取る。

ひと時、店主と語らう…

ここの珈琲は店主の人柄そのもの。美味にして妙である。≫

何度か豆蔵さんに通いマスターと語らううちに、自分もこんなお店を是非とも

やってみたいと、その思いに灯がともったのでした。

人生、人と人との出会いの妙から新たな道筋が生まれるものですね。

『こちらが主体的な意識をもって懸命に他者と関わろうとする時

本当の意味での人生が動き出す』  by マスター

豆蔵さんへのアクセス

http://www.shokokai.or.jp/kirishima/18/182018S0045/index.htm

1月18日(火)

喫茶去の心

有名な禅語に「喫茶去(きっさこ)」という言葉があります。

「まぁまぁ、お茶でも一服どうぞ」というくらいの意味なのですが

これが禅語というだけあって、その世界観には深いものがあります。

喫茶店をやっていると、誰や彼やと色々な方が訪れて下さいます。

初めてのお客様、常連さま、様々な職種、風貌のかたetc…。

この世の中は、千差万別の個性豊かな人々であふれています。

そんなお一人おひとりとご縁をいただく場のひとつとして

私どもの喫茶店もございます。

さて、お客様をお迎えする立場として

こんな人は、あんな人は、とやはり人間ですから

より好みの心が生じるものです。

果たして、万人に対して変わらぬ心情で、変わらぬおもてなしを

ご提供するという、喫茶店の使命を存分に果たすことができるだろうか…。

喫茶店といえども、人としての心構えが

常に問われているわけです。

僕の好きな言葉に

「歩み入る者に安らぎを、去りゆく人にしあわせを」

というものがあります。

これは、とあるお座敷にかかげられていた言葉です。

この言葉のポイントは、歩み入る「者」が、去りゆく「人」にと

「者」から「人」へと変容するところにあると思います。

迎え入れた見ず知らずの「者」と、時間と空間をひと時共有し合ったあとに

親しみや愛おしさといった心情が芽生えるなら

おのずとその人の後ろ姿に手を合わせることが出来ると思います。

その瞬間、その「者」は互いにわたしにとってのかけがいのない「人」となる。

皆さんと時間と空間を共有する佳き場として

私共の喫茶店がその役割を果たせるようにと願う次第です。

喫茶去笑間として…。

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